時運
2026/05/19㈫雑記
新しいこのアカウントになって1週間。
既に毎日投稿を続けることに疲れて来たよ。
(早いだろ)
単に“人探し”が疲れるのかな。
もう2人はこのアカウントに気づいてくれただろうか。
確かめようがないのがね、なんともね。
2人はこのアプリ内にいる。
不思議なもので2人に対する僕の信頼感たるや。
どこのどなたか、わからない一方通行なのにね。
アプリ歴を踏まえて、みんなの投稿を読んで(たぶん僕の書き方を好んでくれているわけだから通じ合うモノがあって)僕の好みの書き方の、この作者さん??とかは考える。
投稿せずに読んでいるだけのユーザーさんもいるかも知れない、、とかも考える。
それでも結局、秘すれば花なんだよ、の結論になるんだよ。
流石にひと月、投稿を続けたら2人に気づいて貰えるんじゃないかな。
だから、あとせめて2週間は続けよう。
今まで通りの、いつもの時間帯で
いつものおやすみ日記ヤローのスタイルで。
新しいこのアカウントになって、
あとは僕のお気に入りの作者さんを
見つけるのが困難。
これも人探し。
1週間に1度の浮上の作者さんは
見つけたんだけどね。
3年前は毎日投稿していたけれど、この3年の間に3ヶ月、半年、1年に一度の浮上になってしまった思い出の作者さんたちとは再会出来る気がしない。
どうか皆さんお元気で。
おやすみなさい。
ニンニクの芽は豚肉と炒めると美味しい
2026/05/18㈪日記
他にはエリンギとシナシナになったキャベツと一緒に塩麹と胡椒で味付け。
塩麹も使うようになったなんて!
みりんから更に成長していない?
(誰に聞いてんだか)
キャベツには「ワイは新鮮なキャベツや」と僕が旅から帰って来るまで気概を持っていて欲しかった。
全ての生物には気概が必要だ。
駅近でおじいさんを追い抜こうとした時、おじいさんが僕の方へ顔を向けて
「映画みたいだったねえ」と。
僕(?!見られていた!)
おじいさんは前を歩いていたから、見ていないだろうと思っていたのに。
省略するけれど、僕があることを(決して法に触れてはいない)したのをおじいさんは見ていたらしい。
二言、三言、会話したら「映画みたいだったねえ」と再び。
褒めてくれているんだけど、恥ずかしい……。
恥ずかしいから「お先に」と言って別れたんだけど、会話を振り返ればおじいさんは敬語で僕に話してくれて、僕は相手から話してくれた場合
相手はコミュ力の高い人だろうと思ってタメ口にちょっとだけ丁寧語を入れて話すようにしている。
旅先の中学生には、完全なるタメ口で。
その方が勇気(?)を出して話し掛けてくれたんだから、親しみがあるかなと思って。
でも流石にちょっと不敬だったか、と思い直して角を曲がる時に手を振ったら振り返えしてくれた。
良かった。
おやすみ。
安堵した顔もイケメン
2026/05/17㈰旅行記
よく整備された綺麗な街だったよ。
旅に行くと“もしもこの街に住むなら”と想像するのが定番。
観光客と修学旅行生(男子中学生に声を掛けられて話したのも思い出)が多くって、地元の人といえば、ピアノ演奏の人と銭湯帰りの人とか、声を掛けて来た男子中学生かな。
それ故にあまり生活感を感じなかったから住む事を想像するには材料が足りない。
スーパーも喫茶店も街なかでは見かけなかったしね。
道が広くって歩きやすかった。
(今回は沢山歩くのがわかっていたから1月から重いリュックを背負って体力を付けていたんだけど)それでも疲れた。
築100年は経っていそうな建物も多かった。
今も商店として使われていていたり。
旗屋さんや提灯屋さんもあって、文化、伝統で商売が現代でも成り立つのが素晴らしいね。
県民がずっと引き続き大事にしているんだろうね。
いつ倒れてもおかしくない、無理やり3階建てにした住宅とか(もちろん空き家)明治の匂いがして、たぶん当時の裕福層が住んでいたんだろうけど、どんな人が住んでいたのかなと想像してみたり。
写真を撮りたかったけれど、ほら覚醒したかも知れないから←もしかしたらお化けや妖怪が写っ……と思って止めた。
それに、そもそも他所さまのお宅だしね。
城に全く興味がないせいか「総構え」って言葉を今回初めて知った。
石垣(石垣は好きだ)も「総構え」の一部なんだ。
街の中に突然現れる明治時代の橋、総構えとその横に流れる、いつの日か時代と共に消えそうな小川が、なんだかとても良かった。
人知らず、ただ流れているだけ、、って感じで。
庭園で今回も落とし物をして、欧米のイケメン男性が「落としたよ」って落とし物を指さした。
今回は「ありがとう」と日本語で。
その方がより日本らしいかなと思って。
おやすみね。
いつものコース
2026/05/16㈯日記
昨夜は面倒臭くなって温泉には入らず、部屋のシャワーだけにして寝た。
今朝は温泉に入った。
久しぶりの温泉だったから、体の温もりで温泉の効果を実感。
ホテルは今回イマイチで、YouTubeが見れないホテルって、設備がいろいろと古い。
(これからYouTubeが見れるかどうか尋ねる?)
今回の旅の目的地、日本庭園に行ったら外国人ばかり。
某国の人達、声大きくってさー
欧米の人達は静かで、撮っているもの、見ているものを、観察させて貰ったんだけど、日本人がサラッとしか見ないものをよく見ていたよ。
なるほどなあと。
でも某国のガイドさんがね、止め石を指して話し(言葉はわからない)していたから、それは好印象だった!
日本人でも止め石を知らない人もいるのにね。
止め石はね、進入禁止の意味なんだよ。
石を置くだけで良いという。
質素で美的でしょう。
日本人特有の美意識だよね。
休憩しようと庵に行ったらさ、抹茶を購入した人だけが庵で休めるって言うから、じゃ仕方がないかとお願いしたら、ちゃんとお抹茶とお菓子が何処かのか教えてくれて、お菓子が好みだったので、お土産屋さんで見つけて買って来た。
もう一つの目的地の美術館では
僕も仕事で使う仕事道具が飾られていて“これらで作品作りましたー”っていう作品があったんだけど、安い道具でさ、無知で“安い道具で良いっか”なんだろうけど、芸術って探求すればするほど1つの真髄に行くと思うから、道具に対しても安易に選ぶのはちょっとなと思った。
同業者と道具関係者の人なら、わかってもらえると思う。
刺さる作品はなかったけれど、なぜか欲しかった本が売ってあった!
アートの本だと思うでしょ?
違う、路上園芸の本。
ははは。
スーパーに寄って昨夜食べ損ねた
金時草ってどんな葉物野菜なんだと、探したらあったんだけどね、500円していて買うのは止めた。
でも現地のニンニクの芽が売ってあって、国産のニンニクの芽って珍しいから買って来た。
流石に旅先で野菜と本を買ったのは初めてで、ちょっと自分でもおかしいと思いながら帰って来たよ。
おやすみなさい。
2人も苦笑していそう。
追記
工芸館に行った時のこと。
上記の日記と被るし、僕がイラッとしたことを書くね。
ただの吐き出し。
工芸館には過去、現代作家さんの作品も展示してあってね。
現代作家さんって作品造りに歴史に残った過去の作品を踏襲していれば、気品が感じられるけど作家さん個人の我を匂わせたら、一気に下品になるなと思った。
どうしても“自分は!”を出したいのね。
観ている素人の僕としては“〇〇ってこういうモノなんですよ、素晴らしい伝統文化でしょ?”の方が観ていて清々しい。
更に酷いなと思ったのは、僕も使う道具を作っていた作家さんの作品。
使う人のことなぞ、お構いなし。
これはもう道具じゃなくって、ただの飾り、観賞用じゃん。
プロフを見たら、使う側を体験していない。
ああ、そうでしょうとも。
見ればわかる。
この作家さんの作品を買う人は素人さんか単なるお遊びのつもりのプロで“見てーこんなの持っているのぉ”で終わる気がする。
それってただの映え。
この作家さんは、それで嬉しいのかな。
“そもそも僕の作品は観賞用ですよ”なら、その道具じゃなくって良いじゃん。
他のモノで作れば良い。
伝統工芸を“売る”ならプロが欲しくなるものを作らないと、ただの趣味じゃね?
まずは使う側にならなきゃ。
僕は某国産の道具を使っている。
国産も使うけれど、結局、この工芸館に行ってみて、過去を踏襲して作り続けているものが良いし、歴史に残る気がした。
某国は踏襲してんの。
作りは雑なのに。
雑だからハズレがたまにあるんだよねえ。
それでも良いから買ってしまう。
でも食べ物、電化製品は国産が良いの。
夕間暮れ、日本海を臨む
2026/05/15㈮日記
爽やかな風が吹いて涼しい武家文化の街。
僕の地元の天候とは大違い。
只今、旅行中。
今日のハイライトは日が落ちるまで県庁から海、街を臨んだこと(無料解放)
殆ど人がおらず、ピアノ演奏の中、廊下をね、1人で歩くのが無性に気持ちが高まる。
穴場だよ、ここ。
椅子が沢山置かれていて、読書をするにも良いんじゃない?
一周ぐるっと回れるホールなので、誰もいない廊下を撮ったりして。
廊下の先には大きな窓。
こうして1人が良いと思うのは欠点でもあり長所でもあるような。
日中、修学旅行生、海外旅行者でごった返した観光地を歩いたことを消去しても、やはり1人は高揚する。
車椅子の高齢の女性と落日を見ている女性がいて、
“よくここにはいらっしゃるんですか?(良い所だから)”と聞きたいけれど、2人で静かにそれは静かに過ごしているから、邪魔をするのは野暮かなと。
ピアノ演奏は、誰でも弾いて良いみたいで、次から次へと曲を変えて弾いてくれる。
ホールにいる人たちが飽きないように?
ピアノに近づくと「弾きますか?」とピアノを独占しないように、気遣いも忘れない善い人だった。
僕がどこから来たか、知ったら更に
「遠いところから来て、こんな(能登ピアノが弾ける)チャンスなかなかないですよ!」と。
断ったけれど、去年買った電子ピアノを練習しておけば良かったなあと思った。
こんな風にある日突然、普段の研鑽を積んでいたら披露出来る?チャンスが舞い込むって事があるんだな、としみじみ思った。
何事も準備が大事ってこういうことだね。
ホールからエレベーターで降って
行くと、職員さんが2人乗ってきて(残業ですね?)一階で降りる時に「お先にどうぞ」と2人共、心配りをしてくれた。
観光客への心遣いだね。
昼間はね、良い感じの川の橋の両脚が階段になっていて、銭湯帰りであろう、タバコを咥えた男性がシャンプー類が入ったカゴを手にして、黙って歩みをゆっくりして旅行者を先に行かしていた。
めっちゃかっこよくない?
銭湯は川の側にあって赤いベンチが置かれていて、絵になること!(写真を撮った)
旅に行くと必ず親切に触れるねえ。
それも旅の良さ。
観光案内所のお姉さんにも、仕事なんだけど親切にされた。
考えてみたら、2人なら気づいた時点で全て読んでくれるだろう。
おやすみなさい。
追記
今までの旅行記なら〇〇県〇〇市に行きましたー!とか〇〇の〇〇っていうお菓子が美味しいー!とか
書いていたけど、簡潔に書くならそういう情報は要らないかなっと思って。
それにね、行った所は推察出来る。
日本海が見える、能登ピアノが置いてある県庁の話しだけで。
県庁って県庁所在地にあるでしょ?
能登ピアノがなぜ県庁にある?
この補足でもわからないなら、ニュースも社会科も全く興味がない人なんだろう。
能登がなんだかわからないとかね。
これからの時代、簡潔に書く技術は更に必要だと思う。
なぜなら最近の日本人は長文が読めない、読書が出来ないらしいから。
読書をしない人曰く読書はタイパが悪いんだって。
“読書は、貴族の遊び、裕福層の証し”らしい。
確かに本は高い!
このアプリでも、ぱっと見て短文なら読むけど長文なら読まない、とか決めている人もいそう。
(3年前は超長文もあったけれど、今や短文が多い。4、5行で自分の伝えたいこと書けるっていうのも文才だけど。短文が多いっていうのは“私は短文好き”が多いわけだし、そういう人は読むのも短文が好みなんでしょう)
だから、こうして他にも書きたいことを追記で。
簡潔を心掛けても、やっぱり書きたいことはあるしね。
文字の世界でも時流が変わっているんだよね。
時流をわかった上で時流に乗るか乗らないかは人それぞれだと思う。
よって僕はこっそり日記の補足。