お題:夢見る少女のように
後日あげるので、お題とスペースを保存しておきます。
少しずつ、少しずつ。
大切だったモノが抜け落ちていく。
どんなに強く抱きしめても、どんなに強く握りしめても。
小さな綻びから全て崩れていく様に、僕の記憶は日に日に消えていっている。
せめて全てがなくなる前に―――僕が僕じゃなくなる前に、大切なモノを辿る旅に出た。
重い荷物の大半は自分の日記帳。ここに書かれた記憶を頼りに僕は自分の記憶を探す旅を始めた。
行ったことのあるはずなのに、全く知らない土地にいる感覚。記録を頼りに向かう先にも知らないものばかり。
抜け落ちた記憶は戻らない。
何度も何度も繰り返して、それでも何一つ戻らずに⋯⋯擦り減るばかりの記憶に何時しか強い諦念を抱いていた。
それでも、まだ全てをまわった訳じゃないと言い訳して、この旅を続けていた。
何とか日記を見て自分を保つ日々を送っている。
明日には全て抜け落ちるかも知れない。そんな不安の中で⋯⋯僕は今日という日を終え就寝する事にした。
◇ ◇ ◇
酷く眩しい光を感じて私は目覚めた。それは少しの隙間から漏れた光が、丁度私の顔に当たっていたからのようだ。
私はその隙間を埋めようと体を起こした。
コツンと私の手に何か硬い物が当たる。視線を向けるとそこには日記帳が置かれていた。
なんの気もなしにそれを手に取り読んでみる。
そこに書かれていたのは“誰かの苦悩”だった。
大切な記憶をなくし続け、それを取り戻そうとした人の話。
知らない人の記録なのに何故か私は懐かしさを感じて、その日記帳と私の荷物に入っていた他の物も読み漁った。
分かったのはこの日記が私の物であるという事。
しかし、私にはその記憶は一切なく⋯⋯恐らく全ての記憶がなくなってしまったのだろうと推測できた。
記憶がないから帰れない。帰る場所は記載されてたけれど、それはきっと互いに苦しい生活になるだろう。
だから僕は進む事にした。
新しい記憶を作りながら、私の過去を探しに行こう。
これから起こる未来と見つけにいく過去に、胸を踊らせながら―――僕はそのホテルをでたのだった。
良く落ちる夢を見る。
あの天高く広がっている空が落ちる夢を⋯⋯。
最初に見たのは小学生の頃。両親が喧嘩ばかりしていた時期で、多分ストレスが溜まっていたのだと思う。
雲一つない青空の夢を見ていた。
すごく綺麗だなと思っていたら急に天気雨が降ってきて、その雨と一緒に空がなくなって闇に包まれる。
まだ小さかった私はそれがすごく怖くて⋯⋯叫びながら起きたらしい。
無論起きた後騒ぎを聞きつけた両親に何事かと聞かれ、理由を知ると下らないことで起こすなと散々叱られた。
その日から、私は連日同じ様な夢を見るようになる。それは今でも続いていて、青空だったり夕焼けだったりと空模様が違うだけで、雨と一緒に空が落ち⋯⋯世界が闇に包まれるのは同じだった。
段々見慣れてきたとはいえ、その夢のせいで雨が嫌いになり、梅雨時期は特に憂鬱になる。
雨の音も暗い曇天も全部大嫌いで、いっそ本当に落ちてしまえと思うくらい嫌になっていた。
長く降り続ける鬱陶しい雨。
昼も夜も変わらない程暗くジメジメした空気の中で、今日も1日の終わりに眠りにつく。
綺麗な青空の夢を見て、もう何度目かと呆れながらも⋯⋯これから降るであろう天気雨を待つ。
程なくして降り出した雨に溶けるようにして、綺麗な青空は落ちてくる。
いつも通りの光景。でもいつもと違う感覚がした。
“なに? これ⋯⋯?”
そう思う程に、私に当たる雨は冷たかった。
いつもなら温度なんて感じないのに⋯⋯今日はなんだか変だ。
手のひらで受け止めた雨は綺麗な青空色をしている。いつもなら徐々に暗くなっていくのに、今日は段々と赤く染まっていった。
程なくして青空は夕焼けに変わり、雨の色も燃えるような茜色になる。
「あっつ!」
反射的に声を上げてしまうほど、その雨は熱くお湯のようだった。
地面にある青空色の水溜りに当たって、じゅっと熱が冷める音がする。
そこから更に星月夜になり、夕焼け色の水溜りに文字通り⋯⋯星が降り注いだ。
“今日の夢はなんか変だ”
そう思えども、私にこの夢をどうにかする術はなく。ただ目覚めるのを待つしか出来ない。
コロコロと変わる空模様を溶かして降り注ぐ雨に、身を委ねる他なかった。
そうして朝焼けを経てようやくいつもの常闇が訪れる。けれども1つだけ違うものが紛れていた。
足元にぽつぽつと残る、空を映した水溜り。
最後の朝焼けはとても暖かで、やさしい雨だった。その色を映した水溜りが私の足元に残り、この常闇の中で美しく煌めいている。
“今までこんな事なかったのに、今更希望なんて持たせないでよ”
そう思いながら私は、完全に空が落ちた夢の世界で⋯⋯初めて生き残った“ソラ”を、思いっきり踏みつけた。
それは身の丈に合わない恋だった。
私は自分でも理解できるくらい地味で、内向的な性格。お洒落とか興味なかったから未だに理解できないし、流行りの物もよく分からない。
そんな私でも人並みには恋に憧れを抱いていた。いつかみんなみたいに出来たら良いなと、思いながら日々を送っている。
代わり映えの無い日々の中で、趣味に没頭する毎日。それでも幸せだった。きっと私はそうやって生きていつの日か死んでいくのだと思っていた。
そんな時に、私とは住む世界の違う人と出会い⋯⋯何故か告白された。
その人はかなりお洒落でキラキラしている我の強い人で、告白を断った私に対して何度も付き合ってと粘着され、結局折れた私は付き合う事になる。
初めての彼氏だった。放課後デートでカフェ行ったり、休日に遊園地とか映画見に行ったりと⋯⋯本の中でしか体験出来なかった事を現実で体験する。
自分には縁がないと思って諦めていたのに⋯⋯彼は色んな事を体験させてくれた。そのどれもが新鮮で楽しくて、前の幸せとはまた違う幸せを感じていた。
私の好きな事にも寛容で、否定せずむしろ肯定してくれる様な優しい人。
それなのに、急に連絡が取れなくなった。
心配で、心配で、私はとりあえずその事をLINEで伝えて彼からの返事を待った。
ようやく返事が返ってきたと思ったら、なんと彼のお母さんからで彼は今、病に伏していると言う。それもドナーが必要な病気で入院しているのだと言われた。
病状はあまり良くないらしく、このままだと余命宣告される可能性もあると言う。
だから別れて欲しいと、彼からの伝言を伝えるために連絡してくれたそうだ。
その頃にはもう、私自身彼を好きになっていたから別れたくない―――それなら最後まで一緒に居たいと告げたが、彼自身の意思が固いそうで結局別れることになった。
何日も何日も部屋に閉じこもって泣いて、泣いて、泣き腫らして⋯⋯ようやく涙が枯れた頃に、私はある決意し数日ぶりに部屋から出ると、食事を取りシャワーを浴びてから身支度を整え目的の場所へと向かう。
そこで検査を受けて結果を受け取りそれを確認した後、私はあの日から準備していた計画を実行する。
きっと両親は反対するだろうから、この方法しか選択肢がなかったのが残念だけど⋯⋯しかし、今の私は清々しい程に後悔の念などなかった。
“きっと上手くいく⋯⋯大丈夫!”
そう自分に言い聞かせると、私は両親の帰宅時間を逆算して時間調整すると、ドアノブに引っ掛けたタオルを首に掛けると勢い良くその扉を開け放った。
それは時期外れの事だった。
もうすぐ一学期も終わる頃、僕のクラスにとても綺麗な女の子が転入してきた。
「はじめまして、雨霞 桜(あまがすみ さくら)と申します。よろしくお願いします」
艷やかな黒髪を際立たせる白皙の肌。ふわりと柔らかな笑顔を向けて話す声はまるで鈴のようで、彼女の全てが僕の心を惹きつける。
その日僕は、初めての恋をした。
一学期の終わり頃に転入してきた彼女は、親の都合で急遽こちらに来たらしい。
ともあれ、その美しい転入生は話上手の聞き上手で、1週間も経たない内にクラスに馴染んでしまった。
彼女はとにかく優しい人で、皆がやりたがらない事を率先してやり、困っている人には手を差し伸べる。
しかし、他者を甘やかすようなことはせず、面倒を押し付けて楽をしようとする者に対しては、毅然とした態度で断りを入れる。そんな人だった。
けれども彼女は、あまり自身の事を話したがらない。
好きな物を聞けば答えてくれるし、遊びに誘えば喜んで参加してくれる。
しかし、彼女の事はそう言った上辺だけしか分からなかったのだ。
普段の生活の事とか、どの辺に住んでいるのか。休みの日に何してるのかもわからない。
そもそも、LINEをやっていないので学校以外では話す事も出来ないのが不思議だった。
そんな日々を送っていたら、いつの間にか夏休みになっていて、僕は茹だる暑さに耐えながら面倒な課題をさっさと終わらせようと奮闘する。
たくさんあった課題が徐々に少なくなってきた―――7月から8月に差し掛かる辺りで母から聞いたお祭りの話。
この近所に新しく神社が建ったとかで、そのお祝いも兼ねて盛大にやろうという話になったらしい。
いつも近所で一番大きな公園を使ってやっていた夏祭りは、今年出来た神社へと場所を移し、更に例年に比べて沢山の屋台が並ぶ予定なのだと言う。
「あんたの好きなラムネとか焼きそばは勿論、りんご飴に射的とか遊べる屋台も出るみたいよ」
母からそう聞いて、そのお祭りを楽しみにしていた。
祭り当日。殆どのクラスメイトが誰かしらと約束していた中、僕は1人で楽しみたくて誘いを断った。
皆と一緒だと辺に気を使うし、好きな物を好きな時に楽しめない。そう思ったからだった。
夕方になり母に声をかけて出かける。
会場が近くなるにつれ、沢山の人が所狭しと歩いていた。
そしてその道の両端には様々な屋台があり、とりあえず僕は一通り見て回ることにする。
焼きそば、いか焼き、フランクフルト、わたあめにカキ氷。それからお好み焼きにたこ焼き、焼き鳥やりんご飴と鈴カステラ。中にはクレープとアイスキャンディーもある。
それから金魚すくいにスーパーボールすくい、射的、くじ引き、輪投げに型抜き等の遊べるモノも、母の言う通り去年よりも沢山あった。
一通り見終わった後に、まずは腹ごしらえだと焼きそばとフランクフルトにねぎまとつくねに手羽塩を食べてから瓶ラムネをのみながら、射的や輪投げで遊びカキ氷を食べた後にくじを引きそれから型抜きにも挑戦した。
一通りやりたい事をやり尽くして少し疲れた僕は、もう一度瓶ラムネを買い途中にあったりんご飴も買ってまだ行ったことのなかった神社へと足を運ぶ。
そこには盆踊り会場があって、年配の人達が楽しそうに踊っていた。
僕はその様子を横目に休憩用の簡易ベンチに座る。
ラムネを飲みながら凶器じみた硬さのりんご飴を舐めて溶かしていく。相変わらず楽しそうに踊っている近所のおばさん達を眺めていると、その中に混ざってあの子が踊っていた。
黒い髪を纏めているキラキラとした髪飾り。夜のような黒い浴衣に描かれた紫色の蝶と薄いピンクの花。少しラメの入った藤色の帯が更に彼女を際立たせていて、僕はその姿に見惚れてしまう。
いつまでも食べ終わらないりんご飴に苦戦しながら、楽しそうに踊る彼女を見ていた。
この恋心を打ち明けるつもりはない。彼女にはもっといい人がいるはずで、僕では不釣り合いだから。
世界一幸せになって欲しいと願うけれど、もう少しだけ⋯⋯この恋に浸らせて欲しいと―――柄にもなく心の中で神様に祈った。
その瞬間⋯⋯彼女と目が合い、踊りをやめて駆け寄ってくる。
僕が「どうしたの?」と聞くと彼女は至極真面目に「今願われたから」と言った。
その言葉に驚いていると、彼女は続けてこう告げる。
「私ね、本当はここの神様なの。元はこの場所にいたんだけど、社が古くなったから建て替えている間だけ、別の場所に住んでたんだ。
本当は人に干渉するのはあまり良くないんだけど⋯⋯人々(あなたたち)はいつも楽しそうな事をしているから、私も混ぜて欲しくて正体隠して紛れ込んだの」
そういう彼女は少し申し訳なさそうな顔をしていた。
「僕、今聞いたこと誰にも言わないから、また学校来てくれる?」
殆ど反射的に口にした言葉だった。
彼女の正体が人でも神様でも、僕は一緒に居たいと思った。それに、楽しい事をしたいと言う彼女の願いを叶えたいとも思ってしまったのだ。
「良いの? 騙してたんだよ?」
「騙してたっていうか、ただみんなで遊びたかっただけなんでしょ? ならもっと遊ぼうよ。僕も君と遊びたい」
そう言うと彼女は嬉しそうに笑い「うん! 約束だよ!」と言った。
その日から僕は、彼女に会いに神社へと通うようになる。
そこで待ち合わせて街に繰り出し、色んな所を一緒に巡った。
僕の初恋は、あまりにも不可思議で決して叶わない。そんな一夏の恋になったのだった。