夢を見ていたい
夢を見ていたい。
夢をずっと見ていられる人なんていない。ひとにぎり、だ。
諦めないことを諦めた。選択肢の中から夢から1番遠い場所を選んだ。
夢は見なくなる。見てはいけないものなのだ。
頭の中には生活、生活、生活のリズム。夢見ることは生活を、現実を捨てて得ないといけないもの。夢は不安定だ。
どうして欲張りで生きてはいけないのか、生きてはいけないのか。
夢を見ていたい。せめてそう思うことだけは許してほしい。
雪を待つ
雪の良いところは、頑張っている気にさせてくれるからだ。実際みんな頑張っている。けれど雪の日は、自分で自分の頑張りを素直に受け入れられる気がするのだ。
いつもの通学路も雪が積もればたくさんの時間をかけて歩く。目的地につけばなんだか大きなことをやりとげたような達成感と暖房の温かい空気が迎えて冷えた頬と濡れたコートを包む。家に帰れば、疲れでたくさんであとはもう休むだけだと、体が自然とささやいて、美味しいいつもより少し贅沢なごはんを食べたくなって自分を甘やかせる。雪かきのあとはゆっくりお昼寝することなんかも不思議と許せてしまう。
雪の日は自分を大事にできる日なのだ。
雪は日常にちょっとばかりの試練とご褒美をくれる。辛さの向こうに幸せを隠してるわさびみたいに。悪いことばかりじゃない。
イルミネーション
街中のイルミネーションより、帰り住宅街で見るイルミネーションで飾られた家が好きだ。
ギラギラしていなくて、閑静な場所でぼんやりと光る様子が好きだ。
冬になったから、クリスマスが近いからと計画をして家を飾りつけたのだと想像するとほほえましい。手間が愛しい。
街灯の少ない道を歩いて、蛍光灯だけが頼りのアパートの廊下を通って少し寂しくなる。
ひとりでも平気なのに、冬は寒さからくる本能か寂しくなる、のだ。
これが私の日常、生活だ。寂しくてもどこかで満たされてまた明日の生活のために生きている。そしてまた寂しくなる。この日常を嫌いになれないどころか、愛しいと思うのだ。間違えなく、矛盾であるのに。その矛盾が人間の持つ特別な機微だと信じて今日もささるような冷たい空気を肺に取り込む。
心と心
星のようだね心というのは。
私の心とあの人の心は地球と月くらい違うし、似ているかもしれないけれどくっつくことはないだろう。
天体に浮かべたら銀河系の果てまでもきっと見つからない。
だから良いかもしれない。見つからないくらい離れているくらいがちょうど良いよ。
傷つかないし、分かり合おうとして苦しまないし。
どこまでもどこまでも離れていようか。
何でもないフリ
何でもないフリというのは本当に便利なもので、角がたたない。
自分が何でもないフリをすれば、みんなは穏やかで、心が乱れることもないし、そこに波も生まれない。
誰かに、本当はねって明かしたい気持ちをおさえながら、どこか抱える靄の置き場所を探しながらゆっくりと歩いている。靄は重たくて、苦しいけれど。
言わなければ伝えなければ、誰かが聞きたくないことから耳をふさいで、見たくないものから目をそらして、そんな必要もないのだ。
そこに広がるのはなんて平和で明るい世界だろう。
今日もまた何でもないフリをする。崩れる日常に怯えて臆病で弱虫な私は。
本当に便利。