静かに絶望を受け入れていく
目を凝らしてよく見ても分からないほどの微笑みすら浮かべながら。
それは余裕なのか、それとも諦めなのか。
愛を語るにはまだ浅い月日。
相手の愛に応えてみせる。
分かっている。自分が誰かの特別で、一途に好意を向けられて。優越感に浸れる都合の良さ。
“自分が愛されている”ことにしがみついて、相手が離れてしまえば“自分の価値が減る”気がする。
ただの依存だ。
自分の感情は見えないふりをする。
自分に空いた穴を塞ぐために好意を利用する。
相手のことを傷つけることになると分かりながらも後戻りはできない。
「×△□」
口から出た愛の言葉はあまりに歪だ。
全て嘘なのに。年齢も、性別も、学校も、学歴も、出生も、家庭も、環境も、明かした“自分の事情”ですら。何もかも、嘘なのに。
そんな嘘で創られた俺を抱きしめて、『本当の貴方を、どんな貴方でも、愛してる』だなんて、言わないでよ。君は何も知らないんだから。
何が嘘で、何が本当か、分からなくなってくるんだ。
誰かの嫉妬に憎悪が孕んだ言の葉は紙飛行機に挟まれて
雨の冷たい空気を乗せて
私の背を目掛け飛んでくる
ちくちく、ずきずき
背に刺さる
『でも今日の私はいつもとは違うのよ』って一人いたずらげに笑って、少し傘を背に傾け大した防御にもならない自己防衛を試みる
だんだんと雨音が大きな音たてて私の耳を塞いでくれる
だんだんと雨粒が大きくなって紙飛行機が届かぬよう打ち落としてくれる
濁った水溜りにオーダーメイド製の革靴がリズムよく飛び込む
傘の中の自分の顔なんて分からない
傘深くさしてれば顔なんてあまり見えないでしょう?
傘の中で私は口遊む
雨音に掻き消されてしまうよな小さな歌声
もう全部やめちゃいたいなんて弱音零すのは傘の中だけ。
傘の中でひっそりこっそり。
雨と混じって跡形もなく流れるように。
狂った愛だとしても見つけたい。そこにあるのがどんな愛であれ愛なのであれば欲しい。
嫌いなあいつのことも吐きそうなくらいに愛したい。
全ての混沌の中で判断能力なんて劣って思考も働かぬ中ただ雰囲気に流されて過ちに溶け込みたい
浴びた叱責のコートを作りたい。冬に羽織れば皮膚がジリジリ痛くなって温かいと錯覚起こすでしょう。
大きな音に萎縮させられる。
偏食の私は出された食事を全て平らげる。
可愛い赤ちゃんですら可愛く見えなくて、ただその引きちぎれるような産声に耳を押さえるのでした。
凡人です。僕には何もない。
そんな主張をして今日も身を潜めるのに必死なんです。
呼吸してるだけでたまらなく胸がいっぱいになって苦しいんです。
話す度にどこかから何かが削れていって。
振る舞う度どこからか何かが滲んでこびりついて。
眠ったらこの長い先の見えない人生辞退できてないかな。
自分の本心が分からない。胸の内に思い浮かんだそれは“そうありたい”が介入した理想なのか、他人を配慮した気遣いなのか、誰かに支配されコントロールされた洗脳なのか。いつだってそんなのに本心は押し潰されて、何にも触れずに単純に生まれる本心が拾えない。脳内を巡り続ける色んなものが邪魔をする。
明日の可能性が浮かぶ。
竦んだ足は硬直してるけど、容赦なく今日に明日へ突き飛ばされ転び込む。
いつだって憂鬱。開き直れてたらとっくに笑顔でいる。
不快感にまみれて息がしづらい。
生きる糧も意味も意義も価値も理由もない。そんなものを考えて渇望してしまう程には死にたがり。
何か正当な理由で楽に消え去れたら、なんて毎晩思う情けない自分に愛想笑いをする。
寒いとか暑いとかめんどくさくて、歯磨きが疲れる。
頑張るとか以前に呼吸するのも億劫で。
呼吸止めたら苦しいから止めない。けど、永い苦痛の終止符は呼吸止めること。
『苦痛になる問題はなんなの?』
今はもう、とにかく、僕という存在がこの世に存在してることが苦痛です。
問題解決には死ぬのがうってつけでしょうか。
落ち着かない夜と。余計な口ばかりまわる外野。
当然、頼れる人も逃げる場所もない。
『何が不満なの?』こんなやりとりばっかして、人と一緒に生きるなんてもうやめたい。
見離してほしい。
義務とか責任とか、倦怠感が酷い。
僕がいちばん僕に死んでほしいと願ってる。
僕は僕を憎んでるわけじゃないし、嫌いでもない。ただ解放してあげたい。
また気のせいなんだろうけど身体中が波打って痒くて、掻きむしってしまう。
暑いんだか寒いんだかよく分からない。
全てが嫌になるんだ。
落ち着かない。
いつだってざわめいていて不快でおかしくなりそうだ。
不安だらけで壊れそうだ。過ぎゆく時間と迫り来る時間が紙一重にのしかかってくる。とっくにキャパオーバーなんてもの迎えてる。
来週のカウンセリング。「ただ聞いてもらえたら」なんてきっと嘘。
それ以上を求めてる。
これで充分だよ。だなんて自分に言い聞かせて、自分のありたい自分であろうとする。
それが悪いことだなんて言わないけどさ
どんなトラブルが起きたとしてもいつだって冷静に対処する人がいた。
そのあまりの冷静さにパニックの渦だった周りも拍子抜けして調子を取り戻していく。そんな姿が格好良くて。
僕が焦燥感に蝕まれそうになっている横で、その人は何食わぬ顔で『あーあ』なんて呟いて。僕の視線に気づくと、『まぁなるようになるよ』なんて余裕気に口端をあげたのが格好良くて。
どうして冷静でいられるのかって聞いた。
その人は少し考えるように唸って、口の中で飴玉を転がしながら言った。
『どうなってもいいんだよ。』
『私なんてさ、産まれたついでに生きてるだけだから。』
『どうせ終わりは来るんだ。焦らなくなっていいよ。なんなら頑張らなくたっていいかも。でもいつだって今を素敵に生きたいからそれなりに頑張りはするんだよ。』
なんて。
当時の僕にとって、それは思い描いていたかっこいいものではなかった。その言葉は「諦め」や「逃げ」のように聞こえて、がっかりした。その人の横顔はぼんやりとしていて、どこも見つめていなかった。
どんなものならかっこよかったなんて自分でも分からなかった。
輝かしい希望みたいな大人を見たかったのかもしれない。
ただ見えない何かに期待を膨らませて、夢みたいに淡い理想を押し付けるエゴは、人間の性でしょう?
今思えば、あの頃の僕は少年ジャンプの主人公が言うような、デカくて強くて堂々としたものが聞きたかったんじゃないかな。
今思い返せば、尊敬で溢れると同時に随分と心地良く感じるのだから、不思議だ。
「ただ話を聞いてほしい」なんてのは嘘になるかもしれないけど、自分でも何が言いたいのか分からないから。誰かが拾ってくれるに甘えてただ待ってる。
それでも僕の言葉に価値があるのか決めるのは貴方だから。