彼の少しだけ上背を伸ばした背中が命を刻んでいる。
稲穂の海を駆けて私達はまた世界の色を奪うのだ。
氷の粒が含まれているような風が髪を攫う。
耳に当たる風は冷たくて。
ああ。この空の下で生きている。
一人で部屋で待つよりずっといいなと思ったんだ。
この丈夫な身体は君を守るためにある。
オレは陽気で低姿勢でいつも笑っているように心がけていた。
怖がらないで欲しいからオレは君に「怒り」を見せない。
「怒り」は誰にも見せたらダメでしょう。
もしオレが牙を剥き出せば、きっと周りをひどく傷付け君を失う。
「我慢せず怒っていい」とか「怒りは自己表現」とか「理由のある怒りは主張や希望なのだから」とか。ほんとにそうなのかな。
好きな人にも見知らぬ人にもできるだけ見せるべきではない「感情」のひとつだと思うんだけどな。
溢れるぐらいいっぱいにして欲しい。
満たされない。
たっぷりと尽くされた瞬間を知っているから、かえって愛して欲しいと乞いてしまうのだ。
冬季だけは旅に出るのはやめたほうがいい。
魔物のほうが圧倒的に有利な上に、人は簡単に凍えて死ぬからだ。
最近久しぶりに昔の仲間から便りをもらった。
「そちらに寄る」と短く妖精の字で。
2年ぶりか。去年は南の国に居るからと冬に来なかったのだ。
「薄情者め」
そう言いながら口元は緩んでしまう。あいつらは時間の感覚が私達と違うんだよね。
私たちがいる丸太作りの部屋は温かい。暖炉ではシチューがくっつらくっつらと煮え、鉄板では茶葉と豆がゆっくりと煎られていく。干物が壁にならび、根菜類が土間に鎮座し、農家から貰った固まった牛の乳は倉庫で寝かしてあった。ここの生活ももう長い。
あいつらはどんな空の下でこれを書いたのだろう。
早く会いたいな。
我らがリーダーの息子はもう立派に言葉を話すようになっちゃったよ。さっきも魔法の伝書鳩を持ってきたのは彼なのだから。
これから忙しくなるね。まずは薪割りと、粉ものの確保、果実のシロップ漬けや酒が全然足りないかも。
母になった棒術士の独白
緊張していた。
無意識に思っていたことがつらつらと口をついて出る。彼の目線が射抜くように鋭いのもあって私は余計なことを言い続ける。
きっとムードのないやつって思ったでしょ。
「黙って」
時間が一瞬止まった。
私の照れ隠しと期待が、彼の真剣な顔に刈り取られる。呼吸までも捕らわれた。
寸前までの茶番など彼の前では無意味だったのだ。