「兄ちゃんは鳥さんなの?」
妹のミナが聞いてきた。
「なんで?」
どうしてその質問をするに至ったのか、彼女の靴紐を結びながら聞いてみる。
「お母ちゃんが、兄ちゃんはミナが泣いたらすっ飛んでくるね、て言ってたから」
「そっか。鳥さん…ね」
妹は、舌っ足らずなまま、母の口調そっくりに表現してくるから笑いを禁じ得ない。
「よし。公園いこか」
「いく!飛んでく?」
「飛んでくよ~」
背中にあったかい妹を乗せて走ると彼女は「ぶーん!」と笑った。それって車…だろ。
面白いなぁ。
小さな君が呼んでくれるなら、兄ちゃんはどこへでもすっ飛んでいくよ。
虫の鳴き声がぴたりと止んだ。
薄蒼い空ははるか高く風の音を運ぶ。
「お帰りなさい!」
腰辺りまで伸びた金の海を掻いて、黒髪の娘が旅の一団に駆け寄っていく。
そのまま特別背の高い男に飛びつくと、周囲は喝采を浴びせ掛けた。
「後でな」
「いやです。もっとお顔を見せて」
そのままぐっと顔を寄せると、娘は今度は首にしがみつく。
「家でやれ」
年嵩の男が虫を払うように言い捨てると周りも苦笑する。男も周りに合わせてへらりと笑おうとした。
娘が頬にキスをしたのでぴたりと固まる。
涙を零したのは男のほうが先だった。
安易ではあるけど…。
落ち込んだ彼女が笑顔になるにはどうしたらいいか必死に考えて、今まで見向きもしなかったものが綺麗に見えてきた。
我ながら単純だけどな。
ぼかしたR↓
小さな身体を抱いて、失われていた身体が戻ってきたかのように満たされた。こんなに落ち着くものなのかと。
強すぎる力で裂かぬように少しずつ進む。
女の香りが強まって、オレの手が甘い声を出させているのかと思ったら一気に欲しくなった。
辛そうだったけど、火照った狂おしげな顔を見るともっと捧げたくなる。ほんと単純だよなぁ。
先に死んだものに、年に何度か祈りを捧げる日がある。
彼女はすでに居ない両親に手を合わせていた。
「それって届くのか?」
「届くというか…。そうですね」
彼女はふんわりした眉を寄せて言葉を探す。そして手を合わせるように促してきた。
「私は…幸せに元気でやってるから心配しないで、とか伝えています」
「そう、か。そういうもんか」
オレも、何年も前に逝った仲間達を思い浮かべてみる。
(あー…またお前らに会いたいな。ずっと先になるけどな…)
少し静かな時間が流れた後、彼女はこう言った。
「きっとそういうことなんだと思います。あと…幸せにしたい人ができましたって言っときました」
戸惑うオレに、彼女は春の風のように優しく笑った。
握り合わせた手に力がこもる。
今日はとても辛いことがあった。
傷付くのが悪いと。お前の苦しみなど大したことではないと。
誰かを悪く言うのは嫌だった。
だけど悲しかったと言えば、その程度でと笑われる。
「逃げればいい」
私は息を呑んで彼を見上げる。
私達は異質だ。私以上に彼が傷付いている。知っていたのに、なんて無様なの。
「戦いなんてなぁバカがやってればいいんだよ…」
ぐっと近づいて、肌と肌が触れあう。
「ま。ちょっと昔はオレも戦いばっかりのバカだったけどな…」
何が彼をそうさせたのだろうか。
じっと見てくる瞳に、私が映っていた。