たまき

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10/30/2023, 4:06:33 PM

#89 懐かしく思うこと


ぐちゃぐちゃとした思考回路で生きていた、あの頃。

幸せでもあり苦しみでもあった強烈な感情は、いつの間にか。
ぼんやりとしか思い出せなくなっていて。
もう手を伸ばしても届かないと知った。

ただ、置いてきた過去から繋がる細い細い糸を、
自分でも気づかないくらい長く長く引きずって。

それが、ごくたまに心に触れて、
懐かしいような、そんな気持ちにさせるんだ。

10/15/2023, 8:41:10 AM

#88 高く高く


「インフルエンザですねえ、ほら陽性が出てます。見えますか?」

気力と体力を振り絞って受診したクリニック。
少し前から子供がかかって看病していたし、覚えのある痛みに、「これはうつされたな」と思ったが。

どうもコロナ禍真っ最中のような、みなし陽性とはならないらしい。
検査結果待ちの中、時間を見計らって飲んできた熱冷ましも効果が薄れ、寒気と眠気でどうしようもなくなってきた頃、
医者から冒頭の結果を頂いた。

熱は、高く高く。

9/24/2023, 3:04:59 PM

#87 形の無いもの


本当に形の無いもの、なんてあるのかな?

思考や感情は、脳内でホルモンやら電気信号やらがわちゃわちゃしてる。
風は、空気があっちからこっちへ流れているせい。

目で捉え難いだけで、物理的な作用があるという意味では形が無いわけではない…解釈次第ではあるけれど。


炎はどうだ?目には見えるけど触れない。
熱と光のエネルギー。

考えてみるとエネルギーは不思議だ。
何をするにも、ちゃっかり存在している。

温度の上昇や電球の点灯、高い所から物を落とす…
菓子パンの栄養表示にあるカロリーに慄いたり。

拳を握るとき、脳から発信された命令が手の神経まで伝わり、筋肉が収縮して…というようなことが起こっている。
どのくらいの力がかかっているかは、握力計で計測できるし、熱くなった腕を触って感じることもできる。
でもエネルギーそのものではない。

私達はいつも、エネルギーが起こした結果だけを見ているのだ。


グーグル日本語辞書より
エネルギー:
1.精力。元気。
2.物理学的な仕事に換算しうる量の総称。
位置・運動・熱・光・電磁気など。
 「―保存の法則」
3.動力資源。
 「省―」

9/23/2023, 12:18:31 PM

#86 ジャングルジム


鳥かごに入ったら、こんな気分かな。

ジャングルジムの中ほどに留まって、空を見上げる。
四角に区切られた狭い空は、

飛んだら気持ち良さそうな青、ではなく。
今にも雨が降り出しそうな灰色。

周りで遊んでいた子たちは、とっくに雨を避けて去っていて、公園を独り占めだ。

私は、雨が降るときを待っていた。
そこに。

じゃり、じゃりっ

砂利を踏む音がだんだん近づいてきた。
誰が来たかなんて、顔を見なくても分かる。

「雨、降るよ」

「知ってる、待ってるんだもん」

「だから帰らないんでしょ、知ってる」

「よく分かってるね」

「だって好きだから。一緒に待ってていい?」

「私も好き。中に入る?」

「てっぺんに窓を付けてもいいのなら」

「お願いしていい?」

「わかった」

彼女は傘を持ったまま、するすると中に入ってきた。
一応危険防止のため、上に登る前に一旦傘を受け取る。そして最後のワンタッチだけで開く状態にして差し出す。
無言で行われるやり取り。

先の会話だって、
双子の私達にとっては一種の様式美だ。
分かりきっている答えだって、
口に出すのが必要な時もある。

透明なビニール傘をジャングルジムのてっぺん、
私達の真上に被せて、窓にする。

一連の作業を終えた彼女はいつも通り、私と向かい合わせに座った。

じっと二人で見上げる空。
四角の枠を更に8本の骨で区切られた空は、より鳥かごらしくなった。

なかなか、悪くない。

9/22/2023, 11:48:19 PM

#85 声が聞こえる


奥山に 紅葉踏みわけ 鳴く鹿の
声きく時ぞ 秋は悲しき

「…ぃ…おい、起きろ。紅」

ん、なに…バンビの声だ。
せっかく気持ちよく寝てるのに。

「ったく、ノーテンキな寝顔やめろ。いい加減起きろって。電車なくなるだろ」

あ、悪口。いけないんだーうふふ。
許さないもん…ね…

「…やめた。こいつは朝まで起きない。知ってた」

あと少しで浮上できた意識は沈んでいった。



「…あれ、あさ?」

目が覚めた。目線だけ動かして時計を見ると針は午前3時を指している。

「…あさじゃない…」

テーブルに突っ伏して寝ていたせいで痛む体をギギギと起こすと、反対側でバンビが寝ていた。

腕を組んで座ったまま。

「おお…」

座布団だから落ちる心配はないけど…。
俯いている顔をそっと覗き込むと…うん寝てる。

体も壁に寄りかかってるけど、まるで起きてるみたいに見える。

飲み散らかして食べ散らかしていたはずのテーブルは片付けられていて、バンビの前に缶ビールが一本あるだけ。ん?なんで一本?まあいいや。

そっと立ち、台所で水を飲む。
今年もまたすっかりバンビの世話になったようだ。

「なんでだろうなぁ」

秋だなぁ、と思うと。
バンビの「まったくコイツは」って呆れてる声が聞こえる気がする。
なんだか呼ばれてるような。

そうするともう彼氏といるのがつまんなくなって、
我慢できずに別れてしまう。

フリーになるとバンビと会いたくなって家にお酒持って突撃。そんなのを繰り返して、もう何年だろう。

「ねえ、バンビ。なんでだろうね?」

1回会って飲めば、いつも満足だけど。
もう少し一緒に居てみたら何か分かるかな。

とりあえずバンビの布団で寝直してから考えよう。

「座って寝てるくらいだし、いいよね」


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前話「秋恋」の彼女視点から。

人里離れた奥山。積もった紅葉の上を歩きながら、鹿が鳴くのを聞くと、感情的になっちゃう。それが秋だよねぇ。
大まか、そんな感じです。

大人なのになぁとは思いましたがバンビ限定ということで。
竜田姫と鹿のお話でした。

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