#34 ただ、必死に走る私。何かから逃げるように。
「その何かは、遅刻する未来でしょうね」
「だな。んー、あとは若者特有の衝動とか?」
「持て余した体力と気持ちの表れね」
「他には何か思い付くかな」
「うーん…過去とか」
「ああ、たくさん走ったつもりで振り向いても、全然小さくなった気がしないもんな」
「本当にそうね」
「じゃあ、本当に誰かに追いかけられたことは?」
「鬼ごっこくらいよ。平穏な人生ね」
「今は、だろ?」
「うん、昔よりもずっと平凡な毎日になったよ」
「そうだな。話を戻すけど、この『私』は追い詰められてる状況ってことなんだよな」
「ように、って比喩表現使ってるから、何処かに向かっているか、精神的な意味なのかもしれないわね」
「確かに。それでさ、そんな時にこそ軽口叩いて何でもなさそうにしてるヤツってカッコいいと思うんだ」
「わかるよ。余裕があるっていうのかしらね」
「そう、余裕。設計でもさ、遊びがないとダメなんだよね。壊れやすくなる」
「人間関係も同じね。親子関係にもユーモアを持て、って本で読んだよ」
「逃げるために必死になっても、パニックにはならないようにしないとだな」
「そうね。逃げ道を判断できなきゃ困るもの」
#33 「ごめんね」
◆閲覧注意◆
トラウマ描写あり。
とはいえ伏字しかないです。
思い出さないようにすることはできる。
だけど、許すことはできない。
これは、そういう話です。
ごめんね、ってどういうこと?
何に対しての、ごめんなの?
何も知らない私に--したこと?
それから、私の--を奪ったこと?
あの頃は、本当に…だったんだけどな。
それとも、あれかな。
--って、言ったこと?
--なんてことも話してたね。
それで私からどんな答えが欲しかったの?
それか、
--で--したこと?
私が--したね。
そのときは私のことなんて、
これっぽっちも思い出さなかったんだろうね。
やっと、やっと忘れてきたところだったのに。
ごめんね、なんて言わないで。
そう言われたら、
許すかどうか返さなきゃいけないでしょ?
やめて、考えたくないの。
私は忘れていたいだけ。
だから、あなたたちは勝手に悩みながら、
それでものうのうと生きててよ。
ね、--、--。
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読んでくれて、ありがとうございます。
ごめんねと、
言う側か言われる側かで考えたときに、
より強く思い浮かんだものを書きました。
伏字なのは、単に公表しない方針なだけです。
まあ世の中には、いっぱいいると思います。
自分だけでケリをつけようとしては失敗を繰り返して、潰されそうになってた時期がありました。
だけど整理がつかないならつけなくていいんです。
無理に解決しようせず、ただ目を逸らす努力をする方が建設的だったりします。
トラウマの克服には、
対となる経験が必要だと漫画ですが読みました。
今思えば、確かにそうなったなと思います。
ただ、「これで救われるはず」と期待しているうちは難しいように思います。
今回は、
あくまで『もし言われたら』の気持ちなので、
現実ではないので、
パカっと蓋が開いても、自分で閉められます。
だから私は今日も大丈夫なのです。
#32 半袖
-もう暑くなるんだなぁ。
いつものように彼と腕を組んだら直接肌が触れて。
私は照れ隠しに、
そんな分かりきっていることを考えた。
私と彼が一緒に出かける時。
以前は手を繋ぐほうが多かった。
一日中遊んだ日の暮れ、
疲れの中にすっかり馴染んだ体温や距離の近さが
心地よくて、うっとりしていた覚えがある。
今は、その歩きやすさに腕を組むのが多い。
ついでに声や距離が近くて嬉しいなんて、
彼は知ってると思うけど。
夏の初めは、
いつもよりドキドキするだろう。
きっと、これから先も。
#31 天国と地獄
死後の世界。
見たことのないものを信じる力は人間ならではだな、と思ったのでネット上ではあるが調べてみた。
古代では死後の世界は単に暗いところ、ぐらいに考えられていたらしく、
ある宗教から影響を受けて以降、多くの宗教で善悪による裁きや天国や地獄の様相を具体的に考えるようになったとされている。
しかし、科学上では死後の世界は否定されているという。バッサリである。
私としては、生き物が進化するために繰り返してきた誕生と死の膨大さを、死後の世界という見えないところで受け止めているとは思えない。
かといって人間にだけ死後の世界があるのでは、何だか不公平だ。
それに、永遠にしろ終わりがあるにしろ死んだ後までカレンダーをめくって過ごすのは嫌だなぁと思う。
人々は、生きる辛さから天国に救いを求め、地獄を恐れることで自分を戒めてきたんだと思う。その道の人に意見を求めれば違うと答えられるのだろうが、果たして宗教は目的なのか、手段なのか。おおよそ怒られそうな考え方ではある。
結局のところ、今どうするかを考えることである。
#30 月に願いを
雨に愛を、月に願いを。
ここは地に雨無き世界。
大地は水の流れから潤いを得る。
流れの源には海と呼ばれる広き水あり。
その沖にて天より降り注ぐ唯一こそ、
全てを潤すはじまりの雨である。
人は、雨の優しき姿に愛の形を見て、
お互いを伴侶と誓い合う場にした。
そして、幾度欠けても満ちる月を見て、
人は己の望みも満ちるようにと願った。
「は、月に願ったってなあ」
雨のもとへ向かう船を束ねる港町のひとつ。
酒を飲んだ帰り道、埠頭で酔い覚ましをしている男がいる。
その頭上には、あと少しで満ちる月が雲の隙間から覗き、その月明かりは他に明かりのない中でも男の影を地に落としている。
『雨を共に見に行こう』
そう男が告げたかった相手の女は、自分ではない別の男と行った。
通じ合っていると思っていたのは勘違いだったと思い知らされた日。
その夜に来たときも、こんな月明かりだった。
「叶えるなぁ自分じゃねえか」
自分以外のものに願いの行き先を託すのは性に合わない。
それが良くなかったのだろうが、それでも変えられないのが性分というものだ。
「なあ、オツキサマよ」
男が月を見上げると、再び雲が掛かろうとしていた。
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世界観は#29より