#30 月に願いを
雨に愛を、月に願いを。
ここは地に雨無き世界。
大地は水の流れから潤いを得る。
流れの源には海と呼ばれる広き水あり。
その沖にて天より降り注ぐ唯一こそ、
全てを潤すはじまりの雨である。
人は、雨の優しき姿に愛の形を見て、
お互いを伴侶と誓い合う場にした。
そして、幾度欠けても満ちる月を見て、
人は己の望みも満ちるようにと願った。
「は、月に願ったってなあ」
雨のもとへ向かう船を束ねる港町のひとつ。
酒を飲んだ帰り道、埠頭で酔い覚ましをしている男がいる。
その頭上には、あと少しで満ちる月が雲の隙間から覗き、その月明かりは他に明かりのない中でも男の影を地に落としている。
『雨を共に見に行こう』
そう男が告げたかった相手の女は、自分ではない別の男と行った。
通じ合っていると思っていたのは勘違いだったと思い知らされた日。
その夜に来たときも、こんな月明かりだった。
「叶えるなぁ自分じゃねえか」
自分以外のものに願いの行き先を託すのは性に合わない。
それが良くなかったのだろうが、それでも変えられないのが性分というものだ。
「なあ、オツキサマよ」
男が月を見上げると、再び雲が掛かろうとしていた。
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世界観は#29より
5/26/2023, 5:43:14 PM