#19 後悔
してしまった事について、後から悔やむこと。
(Google日本語辞書/Oxford Languagesより)
「ああぁー!自分が情けない!」
だんっとジョッキと共に自身の額をテーブルに打ち付ける音が隣から聞こえた。
かなり酔っているようで、小さく唸りつつプルプルと震えている。
「大丈夫ですか?」
大衆居酒屋のカウンター席は、隣との距離が特に近いように感じる。酒の勢いも手伝ってか、するりと声が出た。
「あっ、声が大きかったですよね、ごめんなさい!体調が悪いわけではないので大丈夫です」
ハッとしたように顔を上げた女性は、なんというか、小綺麗な人だった。
「体調不良でないなら良かったです。隣同士になったのも何かの縁ですし、差し支えなければ話をしてみませんか?」
慣れないことをしたせいで、酔いが急激に醒めていく。
どうしよう、早まったかも。
案の定、彼女はウロウロと目線を彷徨わせ困惑した様子を見せている。
ああ、これはしまっ-
「ええと、情報とかには気をつけるので…お言葉に甘えてもいいですか?」
よ、良かった!きっと気を使ってくれたんだろうけど、
断られなくて良かった!
「もちろんです。飲んで話してスッキリしましょう」
「ありがとうございます。良かったら、あなたの話も聞かせてくださいね」
「はい、よろしくお願いします。まずは乾杯しましょう」
「ええ。では、今夜の出会いに」
この後、会社での失敗談から始まり、
学生時代の黒歴史を聞いたり、
こちらからは親に対する罪悪感を打ち明けたり。
今まで話すこともなく抱えていたものを暴露し合った。
「ありがとう、とても有意義な時間だったわ」
「こちらこそよ。必ずまた会いましょうね」
前よりも顔を上げて歩いていけると感じた。
それは、彼女も同じだっただろう。
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後悔しないように生きる、と言っても経験が無ければ分からないこともある。
失敗が少なければ後悔も少ないかというと、そうでもない。
若い頃なら「経験」の一言で済ませられた失敗も、年を重ねた後では、そうもいかない。
人から「遊んだ」という学生時代の話を聞いたときは、もっと自分もバカになれば良かったんだなと思ったものである。
もちろん人様に迷惑をかけろという意味ではないし、大きな失敗ほど取り戻すのは苦労するだろうが、
それでも青春はバカになった方が勝ちだと感じた。
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何故あんなことできてしまったんだろう。
今思うと不思議で仕方ないが後悔はしていない。
幸いなことに彼女とは素面でも話が合い、
今も連絡を取り合っている。
#18 風に身をまかせ
「あ、ダイナミックやってる」
テレビに目を向けると、氷山にぶつかる船を舞台にした映画が放送されていた。だいなみっく?
「なんかこの服がバサバサしてるとこ、ムササビみたいだよね」
「え?」
「だから、ムササビ」
「むささび…」
なんて奴だろう。
そして私はなんでこいつと居るんだろう。
「あ、ムササビと言えばね」
くりん、と音がしそうな勢いで
彼はこっちを向いた。
本当、なんて奴だろう。
何度思ったか分からないが、
それでも奴との付き合いは続いていくんだろう。
面白くないんだけど、やっぱり好きなんだ。
だから代わりに謝る。ごめん。
私はリモコンを手に取りテレビの電源を落とした。
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むささびは木末(こぬれ)求むとあしひきの山の猟夫(さつを)にあひにけるかも
ムササビは日本の固有種で、飛膜で滑空し、木の葉や実を食べます。
また、古墳時代の埴輪が出てくるほど昔からいる動物です。
万葉集でも詠まれ、上の一首は志貴皇子によるもので、移動中のムササビが猟師に捕まっちゃったなあ、というものです。
出てこなければ生きられたのにと、
権力争いに敗れた他の皇子や貴族の姿を重ねた。
という話も出てきます。
彼は権力争いに巻き込まれながらも、
目立たぬように過ごすことで、
結果として彼の息子が天皇となりました。
今日の皇室も彼の子孫にあたるそうです。
私には、ムササビが夜に紛れて風を読み、
尻尾で舵取りをするイメージが、
志貴皇子の方に重なりました。
状況に逆らわないことで生き残った。
そんなような。
彼の息子が天皇になったのは自身の死後であり、
本人は風に乗れなかったと思ってるかもですが。
今調べた中で感じたイメージです。あしからず。
私の興味も風にまかせて、
風の吹くまま、気の向くまま。
#17 おうち時間でやりたいこと
本来、一番安心できる場所である。
しかし、出られないとなれば、そこは途端に窮屈な牢獄と化すだろう。
「ねえ、どうして?どうして外に出ちゃダメなの?」
光に溢れた部屋。
大きな窓は開け放たれているが、上品ながら頑丈な格子が嵌められ、景色を楽しむことしか出来ないようになっている。
「外はワルイモノで溢れてるからだよ。さあ、もう少し食べようね」
背中の羽は自分では手が届かないため、男の手によって丁寧に手入れされているが、使われることなく畳まれている。
空を飛ぶ鳥を見ていれば、本来の有り様は容易に察することができた。
「いつになったら、そのワルイモノはいなくなるの?」
外を見るのは好きだ。変わりない生活の中、外の世界は変化に満ちているから。
そして、ここのところ出歩く人が増えていたのにも気づいていた。つまり。
「どうして私だけ閉じこめるの?」
彼はにっこり笑った。
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おうち時間とは、必要不可欠ではない外出を控えて自宅で過ごすこと(weblio辞書より抜粋)
コロナ禍の中、広まった言葉。
ステイホームによって、外に出られない苦しさを味わった人の方が多いだろうが、
「家に居ていい」と免罪符を得た気持ちになった人もいるだろう。
という話。
#16 子供のままで
「大きくなりたくない?」
オレのおうむ返しに頷きを返したのは、
甥である、小さな子供だった。
「だって、いまがたのしいから」
「そう。今が楽しいから、このままがいいのか」
子供といえど、
近年はSNSなど社会の複雑性が増している。
それを察している訳ではないだろうが、
小学校入学を控え、今の楽しさが終わりを迎えるかもしれないと不安なのだろう。
「楽しいことを見つけるのは、どんなに大きくなってもできるぞ。それに、大きくなった方が遠くまで見えるから、たくさん見つけられて、お得だ」
ちょっとばかり茶化して伝えてみれば、
「じゃあ、かたぐるまして!」
「そうくるか。ちょっとそれは…がんばるけど腰が痛くなるから少しだけだ」
「わかった!」
ずっしりとした重みを感じる。もし暴れても落とさないよう、しっかりと押さえる。
「すごいたかい!」
「よかったな」
「ねえ、おじさんは、おおきくなりたかった?」
「そうだな。子供のときは分からなかったが、今は大きくなって良かったと思う。楽しいからな」
「もうおりる」
「わかった。下ろすから掴まってるんだぞ」
子供特有の唐突さで、甥は次の遊びへと走っていった。
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子供のときは、与えられるものを享受していれば、何も考えなくて良かった。
学校は社会という海に漕ぎ出す為の造船所だ。そのうち勝手に出来上がっていく船に気持ちが追いつかなくなった。
家庭で問題が生じ、学校でも上手くいっているようで、そうでもなくて。かと言って社会に出るのも怖いと感じていた。結局は荒波に負けたから、その恐怖も正しい生存本能だったんだろう。
しかし、働く為に一人暮らしを始めて、ひとりぼっちの部屋で自由だと気づいたときの開放感は、今でも忘れられない。その一点だけで社会に出て良かったとすら思っている。
そんなわけで、子供には戻りたくない。卑屈な自分では、給料をもらう労働には未だ抵抗感があるものの、今が楽しいのも本当だ。
子供のままでいたいと願うやつは、良くも悪くも幸せな奴なんだろう。楽しいのなら、そのまま思いっきり楽しんで欲しい。思い出は船に積み込む宝になるだろう。
自分のように子供のままでいられないというやつも安心してほしい。不安なら学力なり技能なり、船にオプションをつければいい。造船所、もとい学校に良い教師がいることを願う。
子供時代は楽園であり、地獄でもある。
どっちにしろ時間が決まっている限定品だ。
自分も周りもどうあろうが、同じままではいられないんだ。
#15 愛を叫ぶ。
「…と言えば?」
「世界のちゅ「はい世代」
追い詰められたときには
逃げるか、立ち向かうか、
選ばなくてはなりません。
でも案外、
自分の取った行動がどちらに当たるのか、
自分の希望を叶える為に必要なものが何か、
分かってないこともあるものです。
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あの時。
突き放すことが出来ていたら。
もしくは困惑したフリで流せていたら。
直感で守らなきゃ、って思ったけど。
『 困っていることがあるんだよね』
結局のところ、
私の心が叫んだ愛と、
向こうからの愛は違っていたのだから。
私の取った行動は、
立ち向かっているように見えて、
思考停止した「逃げ」だったのだろう。