まだ幼い子どもは、「言語」としての日本語をインプットしていっている最中で、アウトプットするもまだ未発達な身体では上手く言えてないところもある。
また、語彙力もまだ習得中である。
それでも相手に訴えたいことがあったら…特に怒りだったり悲しいことがあったり何かを求めてる時。
それはそれは、普段の可愛らしい顔立ちからは想像もできないほど、子どもらしいものの表情というよりもずっと鋭い眼差しで睨んできた。
小さな子どもでも、本気になればそういう目もする。
上手く言えないからこそ、全身から、目から、怒りのオーラを出してくるのだ。
かつての私も、そうだったのかもしれない。
今でも表情豊かであることは確かだが、本気の120%で顔に出すといったことは、きっと子どもの頃の時だけだろう。
幼い子どもだと軽くあしらうことはせず、鋭い眼差しから、相手が何を伝えたいのかを読み取っていけたらなと思う。
高く高く…
価格。高騰。家計。
高ければ高いほど、苦しくなってくるのはどういう事なのか…
どうせ高くするのならば、税だけではなく
給料も高くしてくれよ。幸福度も高くしてくれよ。
ある遠い国では、日本のようになんでも揃っているわけではなく、年収も清潔度もそれほど高くはないけれど
国民の一人一人が皆「自分のことを好きだ」と。
みんな自分に自信を持っていて、そして今あるものだけでも「幸せ」だと。
裕福ではないからこそお金の価値に重きを置いておらず、「自分を愛してるからこそ、相手を愛することができるし、幸せにできるんだ」と彼らは言う。
これはきっと日本ではこうはならないだろう。
世間の目。周りからの評価。皆と同じような「普通」を目指し、自分が浮いたり枠から外れることを嫌う。
それでは幸福度も高くならないのも頷ける…。
せめて、自分だけでも普通の枠から飛び出して「好きな自分」であり続けよう。
特には何も用事もないけれど、放課後 学校に残るのはなんだか非日常感があってワクワクした。
生徒も少なくなってきて、クラスには誰一人もおらず
いつもは人々の声と熱気で賑やかな学校も、放課後はしばらく経つと一転、静けさを取り戻したかのよう。
普段は関わりのない同級生も、私と相手しかいない空間だと、何となく一言二言交わしてたりする。
小学生の頃は、残ったメンバーでバスケしたり、男子達がお笑い劇をやり始めては笑い転げた。
特に印象的に残ってる思い出ほど、やっぱり放課後というスパイスもあるのだろう。
私が就職に伴い初めて一人暮らしをすることになった時、カーテン製縫工場に勤めていた母からカーテンを贈ってくれることになった。
小さな布が貼られてある見本カタログはとても分厚く、めちゃくちゃ重たかった。
それを2冊ほど持ってきてくれて、カーテンの生地や特徴などバリエーションが豊富にあり、どれも興味深くて面白かったのを覚えている。
色は男女差のないように黄みのあるベージュにして、でも朝の光が照らされると温かみが伝わるように。
レースは、外からは室内が見えないように特殊加工されているカーテンを選んだ。
値段は載っておらず、いくらだったのかは今でも知らないが、後になって母が「予想以上に高かった…」と苦笑をこぼした。
カーテンってそんなに高いんだ…と思ったが、それを一人暮らしにと贈ってくれるその気持ちが何よりも嬉しかった。
そのカーテンは、一人暮らしを再開した姉に譲って今も役立っている。いずれはまた私の元へ戻ってきて、家が変わったとしても、ずっとずっと使い続けたい。
思えば、親友が涙を流したのを見たのは、初めて見たその時一回きりだったかもしれない。
当時、私は技術面ではなく、様々な込み入った理由があっての部長に選ばれてしまったことがある。また、優勝連覇を目指していた。
親友も副部長としてチームの皆を引っ張ってくれた。私はどちらかというと、一歩引いて皆を俯瞰的に見守り、何かあれば自ら声掛けてコミュニケーションを取るタイプである。
ただ、肩書きだけとはいえ自分には荷が重すぎた。
相談はされやすいけれども、自分は深刻であればあるほど誰かに相談するといったことを昔からした事がなかった。相手が家族でさえも、今でも深い相談はできないでいる。
大会が目の前まで迫っていたある日、練習中に親友の姿が見えないのが気になった。トイレでも行ったのかと様子見にいくと、顧問の先生と2人で突っ立っていた。
私からは背中を見せていてわからなかったのだが、側まで近寄ると親友は泣いていて目が赤かった。
「えっ!どうして泣いてるの?何かあった?」
顧問の先生から、口を挟んで彼女に「話していい?」と許可を得てから、話してくれた。
「あなたが、ここ最近ずっと笑顔が無かったんだって。」
「………え?」
何を言ってるのか、その意味がすっと分からなくて固まってしまった。笑顔が無い。
「…えっと、友達が?」
「彼女はその事で、自分があなたの力になれていないことが悔しくて泣いてるんだよね。」
親友は一言もこぼさない。小さくコクンと頷いた。
「私…私、笑えていなかったんですか?」
ハッと我に返ったような気分だった。自分では、全く気付かなかった。私、いつからなのか笑顔が消えてたんだ-
そして、気が強くて明るい親友が泣いたのを見たのも初めてだった。
その事があってから、手の空いた教師が2人来て3者面談することになった。
カウンセリングのようなもので何があったのかと色々と聞かれたが、親友の涙を見るまでは自分でも自覚は無かったのだから、原因も何なのかも実のところは分かっていなかったのだ。
きっとキャプテンのプレッシャーと、後輩からの悩み相談を一緒に背負ってしまったのもあり、知らず知らずのうちに自分に余裕が無かったのだろう、ということになった。
親友には感謝している。自分でも気付かなかったことを、彼女には見抜いていて、そして自分事のように泣いてくれた。
その事を思い出すだけでも、心がいっぱいになって涙が出てくるのは歳のせいでもあるだろう。