ソファーに腰かけ、Instagramをぼんやり眺めていたら、
「手のひらの宇宙」と題した一枚の画像が目に止まった。
大事そうに手のひらにのせられたエコー検査の写真。
なるほど、これからどんどん大きくなるであろうお腹を、現在も膨張し続けていると言われている宇宙に見立てたのか!
決して珍しい表現方法ではないけれど、なんだかほっこり。
そんな折、パパがお風呂からあがってきた。
「お?何見てんの?インスタ?」
と聞かれたから、上記の写真を見せて、更に私的見解を述べた。
「ん〜、違うんじゃない?」
「へ?」
「だから、お腹を宇宙の規模に見立てた訳では無いんじゃない?」
「えー、じゃあパパの見解は?」
「無限の可能性って意じゃない?親目線だとそうなる」
「パパもそんな感じだった?」
「ん〜俺たちの時代のエコー写真ってのは、今みたく鮮明には見えなくってな〜。宇宙を感じるってよりは…豆かな〜」
「まめ……」
「しょうがないだろ。命の息吹を感じられる程の画素数が無かったんだよ当時は。そもそも俺は情緒的ではないし、完全なるノンフィクション人生だから。脚色していない嘘偽りのない感想だ」
「手のひらの豆…」
「いやいや、色々な才能の芽が出てるだろ?インスタの宇宙の奴と同じなんだって!根本的には」
「………」
「豆は明日の出荷に備えます。お休みなさい」
バタンッと強めにドアが閉まる音がした。
——— 手のひらの宇宙 ———
彼女の左肩を凮が解放してくれたから、意気地無しの俺は剥き出しとなった地点を目掛け、ただただ一目散に左手を伸ばせば良かったんだ。
§
何と間の悪い人なのだろうこの男は。
ついさっき縮毛矯正したばかりだから、今宵の私の行動は大幅に制限されている。髪も綺麗に結えないし、髪も洗えないし、何より頭に圧をかけられない。出来ることなら優しく髪を労りたい。
内心はとても嬉しい。
ずっとずっと待ち望んでいたから…
でも、、、なんで今日なの!今日なのよ?
ひどいよ神様、酷すぎる。
でもでもでも、このチャンスを逃したら、この男は多分…再び長い長い冬眠に入ってしまう。いや、間違いなく。
冬眠ならまだしも、永眠してしまう可能性だって大いにある。
それだけは避けたい。
どうする私、どうする?どうする?どうするぅぅぅぅぅう!?
いやいやいやいや、730日も待ってたんじゃない!この時を!
たったの¥47.000-よ。安いものじゃない。
いいわよ!わかったわよ!くれてやろーじゃないの5万円!!!
§
不意に左肩に重みを感じた。
見ると潤んだ瞳がそこにはあった。
——— 風のいたずら ———
「パパってさー、泣いたりすんの?」
就活中の娘が聞いてきた。
「お前が産まれた日以来、泣いてないかもな〜」
という言葉を軽く受け流して娘は続けた。
「ママはよく泣いてるから、ママの涙腺は嫌だなー」
「ど、どういうこと?意味がわからん」
「仕事量の話だよ」
「仕事量?」
「そう。ドラマ観て毎回泣いてるから、過労気味でしょ?涙腺」
「な、なるほど…確かに、忙しそうではあるな」
「それに比べるとさ、暇持て余してるじゃん。パパの涙腺」
「…」
「まあ、あたしが誰かに嫁いだ時くらいじゃない?今後働くの」
「…」
「んじゃ寝るわ。お休みー」
遠ざかる娘の足音を聞きながら罪悪感に苛まれた。
すまん。娘よ。
俺…結構泣いてる。
近々だと、年末のJR船橋法典駅。
単勝、三連単、三連複、全部外した時、マジで嗚咽漏らしたわ。
正直、泣きすぎて枯渇してるわ…俺の涙腺。
就職するなら絶対にママの方がマシだぞ。
俺の涙腺は超絶ブラック企業だ!
——— 透明な涙 ———
今日のCM撮影は散々だった。
監督さんに何度も止められた。
セリフはたったの一節。
「あなたのもとへ」
明るくセリフ言った後、小首を傾げハニカミながら拳握ったら…
「青と白のユニフォーム着た運送屋が、帽子のつばを抑えながら一礼してきたわ!佐川かよ!拳握んなよ!」と言われ。
トーンを抑え気味に遠くを見据えながら両手を胸の前に重ねセリフ言ったら…
「王子様に逢いに行く乙女かよ!クライアントはJR東海じゃねーよ。あぁ、お前博多出身だったな。JR九州じゃねーよ!」と言い直され。
悔しさを我慢して、それでも頑張って空見上げながらセリフ言ったら、自然に涙が頬を伝っちゃって…
「昨年亡くなったばあちゃんを召喚すんなよ。満面の笑みで両手広げて待ってたわ!まだ逝かねーよ!葬儀屋のまわし者かよ!」と涙浮かべながら罵られ。
気を取り直して、指差しながら無表情で抑揚つけずにセリフ言ったら…
「マルサかよ。怖えよ。この時期にそれは怖えよ!」と怯えながら言われた。
「お前、表現力と演技力半端ねーな。天才かよ!俺の知り合いに映画監督何人かいるからよー、直ぐに紹介してやるよ」
とか何とか興奮気味に言われちゃって、褒めちぎられながらCMクビになっちゃった。
もう、無理。
まじでわけわかんない。
——— あなたのもとへ ———
さっと身支度整えて
寝てる家族にしっと心
すっと心にしまい込んで
玄関の鏡で髪の毛をせっと
そっと扉をしめたなら
サ行現場へ直行だ
——— そっと ———