わをん

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10/4/2024, 3:27:44 AM

『巡り会えたら』

河のほとりで舞い踊るひとを夢に見た。踊りを嗜む身であるので同じ流派だということは判ったけれど、あんな振り付けは師匠や大先生の踊りを何百と見てきた中のどこにもなく、目を奪われるものだった。
目が覚めてからは誰も知らない踊りに夢中になった。見様見真似で踊りを再現しようと躍起になったり、古い書物を漁ってあの踊りやあのひとに繋がるものがないかを探したり。師匠や大先生にも尋ねてみたところ、なぜか悲しい顔をされた。
あれは死者の踊りなのだと大先生は語る。自分と同じように河のほとりで踊るひとを夢に見ると踊りに取り憑かれ、踊りきった暁にはぱったり倒れてそのまま戻ってこれなくなってしまうのだと。
「河のほとりにいたひとは私に似ていたでしょう?」
大先生は涙をひとすじ流してあれは私の娘なのだと言った。
その話を聞いても私は踊りを止めなかったし止められる人もいなかった。どうしてと問われる声にはどうしてもと答えるほか無かった。
一心不乱に舞う中に河のほとりの幻が見えてくる。河を挟んでふたりの踊りが重なって一糸乱れぬ同調となったとき、ありがとうとさようならの声が聞こえた。気づけば河のほとりにいたのは私ただひとり。滔々と流れる河は私に踊っておくれと囁いていた。

10/3/2024, 3:13:24 AM

『奇跡をもう一度』

月の無い空を窓から覗いては星がひとつ降るたびにふたりで小さくはしゃいでいた夜があった。その興奮からなかなか寝付けなくなって空が明るみ始めた頃に寝入ってしまった私は次の日の朝に慌ただしく母に起こされても夢か現か分からないままに時を過ごした。
あのとき一緒にいた子は誰だったのだろう。ひとりっ子の私に弟妹は増えることなく、月がいくつも欠けては満ちてこどもだった私は大人になった。あの頃の私に近いぐらいの齢のわが子は今夜流星群が訪れるというニュースに目を輝かせてまだ明るい窓の外を見ては早く暗くならないかとしきりに気にしている。
今夜は新月。こどもを寝かしつけるつもりが寝入ってしまい、目を覚ました私が見た光景は窓辺から空を見つめるわが子と見知らぬこども。星がひとつ流れるたびに小さなふたりは小さくはしゃいで次に星が降るのを今か今かと待ちかねていた。あのとき一緒にいた子だ。振り返ったその子は星のように微笑んで手招きをした。

10/2/2024, 3:54:17 AM

『たそがれ』

夕方のサイレンが街に鳴り響く中を自転車に乗って家路を急ぐ。ジョギングやウォーキングそして犬の散歩をする人たちとすれ違いながら近所の公園を通りがかるとこどもたちはまだ駆け回って遊んでいた。早く帰らないと人さらいが来るよ、と小さな頃は脅されていたな、となにげなく思い出していると夕焼け色の光を浴びて男女が抱擁を交わしているのを視界に捉えてしまった。人の逢瀬をじろじろ見てはいけないと思いながらも目が離せなかったのは絵画のように美しい光景だったから。
昼と夜との境目に男と女はしばしの間言葉も交わさずただ抱擁していたが、男がまどろみに呑まれて瞳を閉じるとその体は正体を失くして光の粒となり、それもやがては徐々に光を失って消えていく。残る女は寂しげに笑みをこぼしたあとに顔をあげ、そうして自転車に乗った自分と目が合った。
この世のものではない人だ、と直感的に思った。慌てて道を変えて自転車を急いで走らせるけれど、人と一向にすれ違わない。公園が近くにあるはずなのにこどもたちの声が聞こえてこない。家に帰り着いてもいい距離のはずが延々と見覚えのある道を走らされ続けているようだった。
それがふと収まったのは視界の端に映り続けていた夕焼けがついに光を失ったとき。自転車に跨ったまま立ち尽くしているとワン、と犬の吠える声がした。振り向いた先には光る首輪を身に着けた柴犬がおり、リードを引いた人がすみません、と謝りながら街灯が照らす見慣れた道の先に消えていった。

10/1/2024, 5:14:17 AM

『きっと明日も』

本屋でたまたま目にしたおまじないの本に妙に惹かれてしまい、母にねだって買ってもらったのはずいぶんと昔の話。おまじないだけでなく魔法使いのなり方までもが書かれていたその本に衝撃を受けた私はその日から今日に至るまで毎朝魔法の練習を続けている。けれど成果はいまだに目に見えてはこない。
集中しているさなかにひそひそと聞こえてきたのはいつの頃からか聞こえるようになった家庭菜園に植わっている野菜たちのボヤキ。やれ水が足りないだの葉っぱの密度が高すぎるだのの文句を解決していくと、次第に声も聞こえなくなっていった。
気を取り直して深呼吸の後に手をバッと前に出す。
「出でよ炎!」
手のひらからは何も出ない。カッコいい攻撃魔法をバシッと決めてみせるという夢は昨日に引き続き叶わなかった。
「もうちょっとな気がするんだけどな……」
「それ10年前も言ってたね」
朝日差す庭先にて首を傾げる横で母は洗濯物を干し終え、家に戻っていった。

9/30/2024, 3:03:41 AM

『静寂に包まれた部屋』

昨晩泊まりに来た友人が帰ってしまうと、先ほどまでの騒がしさが懐かしくなるほどに静かになった。トーストを乗せていた皿とカフェオレを入れていたマグカップを流し場に持っていくと食器がカタカタと鳴る。スポンジで洗剤を泡立てる音や流し場に水が流れていく音、そして蛇口から水滴の一粒が落ちる音まで聞こえてしまう。
テーブルに置いていたスマートフォンに手を伸ばすと友人から世話になったとメッセージが入っていた。昨晩交わした酒のことや料理のこと、思い出せなかった昔話を今思い出したことなど、楽しい時間の反芻がそこにはあった。静かな部屋に思い出し笑いが漏れ出でる。ダイニングの椅子をギシリと鳴らして、返信を打つことにした。

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