『言葉にできない』
言葉を知らないけれど世の中には便利な言葉がある。ヤバい、エモい、パない。
「桜満開でエモい」
「桜パないねぇ」
コンビニのゴミ袋を尻に敷いて片手にチューハイ缶で花見と洒落込んでいる。
「桜ヤバいけど飽きるね」
「それな〜」
花見の何が楽しいのかと周りを見るとみんなそんなに花を見ているわけではなさそうだ。外でみんなでなにか食べたりなにか飲んだりすることが楽しいのかもしれない。
「ということは野郎ふたりで外でサシ飲みは」
「楽しくない?」
「……いや楽しい」
だよね!と高く掲げた缶をかち合わせて二度目の乾杯。中身を干してからもう一缶開ける。思い返せば夜の公園で酒を片手にだべったり、夜の川沿いで酒を片手にだべったり、お互いの部屋でサシ飲みをしてはだべったりといつもと同じようなことを今もしている。
「俺らの友情ってなんなんだろうね」
「なに、急にエモいね」
恋愛、ではない。親友もこそばゆい。仲のいい友達には違いないけれどもう少し違うニュアンスな気もする。
「言葉にできないな」
それは言葉を知らないせいなのか、言葉にしたくないからか。
「……パない友達」
「それはなんかイヤ」
ゲラゲラと笑いあってまた缶を傾ける。
『春爛漫』
昨日まで何もなかった砂利道に草の芽がぽつぽつと現れた。双葉は背を伸ばし本葉を増やし、灰色の道は緑色をまぶされていく。茶色い木の芽も次第に膨らみ緑色を帯びて、今か今かと咲く瞬間を待っている。
細くあたたかに降る養花雨は小さな緑の勢いを後押しする。青い小花、小さな豆の小さなピンクの花、黄色い菜の花、三つ葉や四葉の白い花。雨は名前の通りに緑を育み、丁寧に折りたたまれた花の蕾は雨上がりの陽の光を浴びてついにこの世に現れる。
夥しく咲いた花たちはその身を誇り、その身をもって春を春たらしめていく。
『誰よりも、ずっと』
戦争に向かう前、帰ってきたら結婚しようと約束をしていた。彼女は頬を染めて頷いて、出征の日には涙で目を腫らせて僕を見送った。胸に彼女の写真を忍ばせながら海を越えて過酷な戦場を目の当たりにすると、ここに来る前に抱いていた戦争に勝つという志は脆くも崩れ去った。みながみな生きて帰りたいと願いながら敵を屠り、敵に斃されて互いに数を擦り減らしていった。
帰りの船の中で彼女の写真を取り出して眺める。ところどころ折れ曲がり、血かなにかで汚れてしまっているが、僕はこれを拠り所に辛くも生き延びてきた。生きてさえいれば彼女に会える。きっと彼女も待っていてくれる。そう信じぬいて二度と戻れないかもしれないと何度も思った祖国の地を踏みしめることができた。
僕を待ち受けていたのは、あどけなさが薄れて美しく成長した彼女の泣き顔だった。ボロボロの兵卒服にも構わず彼女が胸に飛び込んてくる。
「誰よりもずっと、あなたを待っていました」
こんなにきれいな存在が腕の中に収まっていることが夢のようで、壊してしまわないかと恐ろしくなる。
「長い間持たせてしまって、すみません」
「……まったくです!」
体を離した涙化粧の彼女は口調とは裏腹に笑顔を見せた。
『これからも、ずっと』 (ストリートファイター6)
幼い頃に両親と自身の片目を事故で失い、それが組織によって仕組まれたものだと知ったときからすべてのことがどうでもよくなった。私の原動力は復讐だった。
それから二十年ほどが経ち、私ではない奴がその組織を壊滅させた。遠く離れた国でその報せを知ったときの筆舌に尽くし難い喪失感は私を戸惑わせた。
復讐のためにあくどい事も平気でできるようになっていた。人を騙すことも傷つけることも喜べるようになっていた。私をそうさせた元凶はもうこの世にいない。
復讐する先がないのなら普通の女の子に戻ればいいと誰かが言う。今さらどの面を下げてそんなことができるというのか。今までのように、これからもずっと、すべてのことがどうでもいい。仔犬のような視線を振り切ってその場をバイクで走り去る。いつまでも胸に居座る言葉が苦々しかった。
『沈む夕日』
草むらに入ってしまった野球のボールを探すうちに刺すような西日はいつの間にか薄れてあたりは夕闇に染まり始めていた。外野のほうを気にせず試合を続けていた仲間たちは帰ってしまっただろうか。じわじわと悲しく寂しい気持ちになって目が熱くなってくるけれど、同じ草むらで同じようになにかを探す人影が見えたので慌てて涙をこらえる。誰かがいるとことにほんのりと励まされて何度も探した草むらをもう一度掻き分ける。
「……あった」
何度も探したはずの草むらから泥で汚れたボールが現れた。
「あったよ!」
人影に呼びかけてからまだ仲間たちがいるかもしれないホームベースへと走り出した。仲間たちは帰ってなんかいなかったけれど、みな驚いたような顔をしている。監督にいたっては心配と焦りの入り混じったような顔で僕の肩を掴んだ。
「おまえ、今までどこにいたんだ!」
「えっ、ボールを探しにあっちの草むらに」
「あの草むらもみんなで何度も探したんだぞ」
試合が終わってちょうど夕日の沈んだ頃に僕がいないことに気付いたチームのみんなはそれから1時間をかけて周辺を隅々まで探したが見つからず、親と警察に連絡をするかどうかというところまできていたそうだ。そんなところに僕が突然現れたので監督は今日一日でどっと疲れた様子だった。
みんなに心配されたり小突かれたりしながら家へと帰る途中にちらとあの草むらを見やった。けれど、もうずいぶんと暗くなっていて誰がいたのかもわからなかった。