『夢を見てたい』 (ルパン三世)
夢を見ないとされるそいつにとっては現実こそが夢そのものなのだろう。思いつくものを片っ端から作り上げ、実行に移し、そして望むものを手に入れる。欲望に忠実でルールに縛られていない。そんなやつの隣で見られる景色が面白くないわけがない。机に向かってなにやら調べ物をするそいつは次のお宝について思案中のようだ。お呼び出しがかかることを期待して、ソファでもう一眠りすることにした。
『ずっとこのまま』
異世界から来たという勇者さまが現れて爆速で魔王を倒してしまった、らしい。私がそれを知ったのは幽閉されていた洞窟から助け出されたときのこと。
「あなたサイドクエスト扱いなんで後回しにしてました。ごめんね」
松明片手に気安い謝罪を見せた勇者さまに好意を抱く要素など微塵もないのにどういうわけか胸が高鳴ってしまう。
「歩けます?」
「いえ、ちょっとめまいがして……」
か弱いふりにどう対応するのかと嘘をつくと、じゃあ僕が連れていきますと軽々抱え上げられた。加点10点。
城への道すがらに勇者さまはわかる単語とわからない単語を混じえてお話ししてくれた。実績やフラグがどうとかツールやチートがどうとか。まとめると、メインとサブのクエストとやらをすべて完了させてこの世界を平和にしてみたが、こちらから元いた世界に帰るようにはできていないようだとのことだった。
「ずっとこのまま、ここで暮らすことになるのかもしれません」
遠くどこかを見つめる勇者さまの表情に諦めが見える。弱った様子、加点20点。
「ならば、私の城にお招きしますわ。そしてゆくゆくは私の、ははは、伴侶に、」
「あなたのその好意があらかじめ決められた感情だとしたらどうしますか?」
じっと私を見つめる瞳には好奇心だけが宿っている。この人危ないやつかもしれない。それでも。
「きっかけはどうあれ、行動を選び取っているのは私です。ですから、どうもいたしませんわ」
言ってみせると勇者さまはあははと声を上げて笑った。笑う振動がこちらにまで伝わってくる。加点30点。
「あなたおもしろいですね。あなたの城で暮らすの、ちょっと楽しみになってきました」
なにげに失礼なことを言われたので減点10点。けれど、ということは、勇者さまはこの世界に留まるつもりになってくれたことになる。胸がまた高鳴るが、今のところ50点という事実に不安になってくる。
「ところであなたもう歩けるのでは?」
「……このまま城まで連れていってくだされば、もう50点加算してさしあげます」
「あっ、これ隠しスコアのやつなんだ」
じゃあもうひとがんばりしますか、と勇者さまは私を抱え上げたまま、変わらぬ足取りで歩き始めた。城に着くまでの長いようで短いサブクエストが終わろうとしている。城に着いたら何か起こるのか、何も起こらないのか。もう少しだけこのままでいたいと思いながら、歩みをただ見つめていた。
『寒さが身に染みて』
冬の寒さに腹を立てるぐらいには寒がりなので冬場に天体観測をやるやつの気がしれないと思っていたのに高校生になってからできた友達の趣味が天体観測だった。
「冬でもやるのか」
「冬でもやるよぉ。今度一緒にどう?」
なんとなく断りきれず、一緒にやることになる。
君は初心者だから、ということでそいつの家のベランダが今夜の観測場となった。真冬の寒さが早速身に染みて震える。早速帰りたくなったがそんな薄着だと寒いに決まってるでしょ、とカイロや上着をこれでもかと渡された。よくよく見るとめちゃくちゃに重ね着をして着膨れている。同じような体型になってみるとなんとか耐えられそうな気がしてきた。きょうは新月で月明かりがなく、星が見えやすいらしい。星座早見盤や天体望遠鏡を自前で持っているそいつの話には神話や最先端の技術のことが織り交ぜられていて理科の授業で習ったときよりも数倍面白かった。もっとちゃんと勉強していればと思わされる。
「今からでも遅くないよぉ。一緒に沼らない?」
なんとなく断りきれず、次の約束をしてしまう。帰り道にカイロを握りしめながら感じる真冬の寒さは相変わらず身に染みて震えたが、あまり腹が立たなくなっていた。次の天体観測までにもう少し厚手の靴下や上着を手に入れないといけない。
『20歳』
日付変わって私が20歳となる誕生日がやってきた。大人になりさえすればいま抱えていることすべてが自動的に解決すると思っていたけれど、どうということのない一日がまた始まったのかと今この瞬間にようやく気付いた。自室を見渡せば片付いてない服やマンガや使ってないダイエット用具なんかで散らかっている。掃除をしよう。何かやらないとこれからずっと変われないような気がする。
掃除の最中にいろんなことを考える。世の中の大人はどうやって大人になったのか。立派な人はいつから立派になれたのか。こどもの頃に教わったルールはこども限定のものなのか。おそらくどれも誰も教えてはくれないから自分で気付くしかないのだろう。
さっきよりは片付いた感じがするけれど全体的にはまだごちゃついている。まだ20歳1日目だから、と言い訳をしてよしとした。明日は20歳2日目が待っている。自動的に明日が良くなることはないのなら、今日よりは良い1日にしてやろうと思う。
『三日月』
新月に執り行うべき魔術の儀式を諸事情(魔女トモとの夜通しの遠距離会話)により次の日の三日月の夜に執り行った。何食わぬ顔で村長に報告して家へと帰ってくると軒先に白い鳥が佇んでいる。師匠の使い魔だ、と認識した瞬間に冷や汗が吹き出しはじめた。鳴り響く心音を意識しながら近づき、鳥の足首に付けられた手紙を外そうとするが汗で冷たくなった指がうまく動かない。いつもの数倍の時間をかけてようやく手紙を外すと白い鳥は舌打ちするかのようにこちらを一瞥して空へ飛び立っていった。
手紙の内容はただひとこと。
「おまえを三日月の魔女と呼び広めてやろうか」
心臓がヒュッと縮み上がった。