わをん

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『ずっとこのまま』

異世界から来たという勇者さまが現れて爆速で魔王を倒してしまった、らしい。私がそれを知ったのは幽閉されていた洞窟から助け出されたときのこと。
「あなたサイドクエスト扱いなんで後回しにしてました。ごめんね」
松明片手に気安い謝罪を見せた勇者さまに好意を抱く要素など微塵もないのにどういうわけか胸が高鳴ってしまう。
「歩けます?」
「いえ、ちょっとめまいがして……」
か弱いふりにどう対応するのかと嘘をつくと、じゃあ僕が連れていきますと軽々抱え上げられた。加点10点。
城への道すがらに勇者さまはわかる単語とわからない単語を混じえてお話ししてくれた。実績やフラグがどうとかツールやチートがどうとか。まとめると、メインとサブのクエストとやらをすべて完了させてこの世界を平和にしてみたが、こちらから元いた世界に帰るようにはできていないようだとのことだった。
「ずっとこのまま、ここで暮らすことになるのかもしれません」
遠くどこかを見つめる勇者さまの表情に諦めが見える。弱った様子、加点20点。
「ならば、私の城にお招きしますわ。そしてゆくゆくは私の、ははは、伴侶に、」
「あなたのその好意があらかじめ決められた感情だとしたらどうしますか?」
じっと私を見つめる瞳には好奇心だけが宿っている。この人危ないやつかもしれない。それでも。
「きっかけはどうあれ、行動を選び取っているのは私です。ですから、どうもいたしませんわ」
言ってみせると勇者さまはあははと声を上げて笑った。笑う振動がこちらにまで伝わってくる。加点30点。
「あなたおもしろいですね。あなたの城で暮らすの、ちょっと楽しみになってきました」
なにげに失礼なことを言われたので減点10点。けれど、ということは、勇者さまはこの世界に留まるつもりになってくれたことになる。胸がまた高鳴るが、今のところ50点という事実に不安になってくる。
「ところであなたもう歩けるのでは?」
「……このまま城まで連れていってくだされば、もう50点加算してさしあげます」
「あっ、これ隠しスコアのやつなんだ」
じゃあもうひとがんばりしますか、と勇者さまは私を抱え上げたまま、変わらぬ足取りで歩き始めた。城に着くまでの長いようで短いサブクエストが終わろうとしている。城に着いたら何か起こるのか、何も起こらないのか。もう少しだけこのままでいたいと思いながら、歩みをただ見つめていた。

1/13/2024, 9:43:17 AM