『雪を待つ』
れっきとした殺意を持って山深い場所へその人を呼び出し、背中を見せたときに急所を狙って包丁をえぐりこんだ。血泡を吐いて息絶えたその人を見てすうと胸がすく。
平野では霜も降りず、氷も張らなかった今年の冬は際の際になって雪を降らせるという。急激に下がった気温は土を凍らせ、倒れるその人の体温も同化を始めている。あとは降るのを待つばかりだ。この山ならひと足早く雪も積もるだろう。
「春が来たら見つけてもらえるといいな」
『イルミネーション』
夜明けの近づく無人の公園をスミノフや缶チューハイを片手にふたりでふらふら歩いて目的地を目指す。LEDで隙間なくみっちり飾ったどこぞのテーマパークが世間では人気なようだが、ここにはご近所の自治会が手ずから飾ったチープなイルミネーションがあり、それが自分の中では断トツの人気だった。
「よくね?」
「センスあるねぇ」
連れてきた友人も似たような感性の持ち主なので気に入ってくれたようだ。まばらに輝くぼんやりとした明かりはやがて朝日に照らされて白々しく暴かれる。いたるところに絡まる黒い配線コードを見た友人は今日一エモいと言ってスマートフォンで連写を始めた。いい友人を持ったなぁと眠気の混じる頭でしみじみと思う。
『愛を注いで』
あなたは私たちのほんとうのこどもではないと告げられたとき、脳裏には図鑑で見たカッコウの生態が思い浮かんでいた。
カッコウは子育てをしない。カッコウの親鳥は他の鳥の巣へ忍び込んでもとあった卵を蹴散らし、そこへ自分の卵を産む。孵ったひな鳥は縁もゆかりもない鳥にわが子のように育て上げられ、そしてまた同じように子育てをせず繁殖していく。
私もカッコウのようになってしまうのではないかと大きくなったお腹を抱えて泣きじゃくったのは昔の話。養父母はそんな私を叱り励ました。
「私たちは赤の他人だけど、私たちには確かに縁もゆかりもできている。だから安心してこどもを産んで育てなさい。あなたはカッコウではなく、私たちのこどもなのだから」
車から降りた小さなこどもがおじいちゃん、おばあちゃんと叫んで駆け出していく。
私の受けてきた愛がまぶしいほどにきらめいている。
『心と心』
土煙と瓦礫ばかりの荒野をとぼとぼと歩いて見知った人を探す。空にも届くかと思われたあの遥かに高い塔は雷鎚によって壊されてしまい、私たちの言葉もばらばらになってしまった。私の家族は、恋人はどうなってしまったのか。もし会えたとしても、ばらばらになった言葉ではなにも伝えられないし、なにもわからないのではないか。
不安のさなかに、うずくまる人を見つける。こちらに気づいたその人は驚きに目を見開くと私の名前を口にして立ち上がった。私も喜びをあらわにその人の名前を口にして駆け出す。私の恋人は胸に飛び込んだ私の体をしかと抱きとめてくれた。
彼が以前とは違う言葉を語りかけてくる。私の耳はそれを聞き取れないが、少し伸びた髭を触り、土煙でよごれた頬をぬぐい、目尻に浮かんだ彼の涙を見ればそんなのは些細なことだった。
『何でもないフリ』
キッチンに立つ母の後ろ姿にぼんやりとした人影が見えることがあった。だいたいはひとり。たまにふたり。顔は違えどどれもこれも血だらけのそれが幼い頃はとても恐ろしく、泣いては母を困らせたものだった。少しだけ成長した今ではあぁいるなという感覚になってきている。
人影は母の帰りが遅くなる翌日についてくることが多かった。母は日中の仕事に加えてたまに夜にも働きにゆく。仕事の内容を詳しくは知らないが、人影の様子からなんとなく察しがついていた。
きょうもキッチンに立つ母の後ろ姿にぼんやりとした人影が見える。視線に気づいたのか母が振り返ってどうしたのと聞いてくる。
「別に。何でもない」
人影はこちらを一瞥もしない。じっと母のことを見つめ続けている。