今宵

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12/23/2023, 5:46:46 PM

『プレゼント』


 クリスマスの朝はまず、プレゼントを探すところから始まった。
 うちのサンタはなぜだかエンタメ性が高く、プレゼントの届く場所はその年ごとに違っていて、いつもなら眠くてなかなか起きない私も、その日だけはパチッと目を覚まして家中を探し回った。
 両親の寝室に父の書斎、物置部屋やリビングの窓の側……ここはさすがにないだろうと分かっていながらも、トイレのドアまで開けたりしてみたものだ。
 プレゼントをもらうのと同じくらい、プレゼントを探すことも私にとって大事なクリスマスの楽しみだった。

 大きくなると、サンタは私の元に来なくなった。
 大人になった今、誰かに形ばかりのプレゼントをもらうことはあっても、プレゼントを探す楽しみだけは味わうことができない。
 そもそも、独り暮らしの家の中にプレゼントが置かれていたらいたで、クリスマスの朝から恐ろしい気分になるに違いないのだ。

 クリスマス当日。心なしか部屋にはクリスマスの朝のあの空気が流れていて、私は朝からちょっぴり寂しい気持ちになった。
 そうは言っても、クリスマス休暇などないうちの会社にとって今日はただの平日なので、そろそろ出勤の用意を始めなくてはいけない。
 体温で温まっている布団に後ろ髪を引かれながらも、上着を一枚羽織った私は、意を決して布団から立ち上がった。

 支度を終えた私は、冷たい風が吹き込むことを覚悟して、首をすぼめながら玄関の扉を開けた。
 すると、玄関を出てすぐの場所に心当たりのない荷物が届いていた。
 不思議に思って宛名を確認すると、そこには確かに私の名前が書かれていたが、差出人の名前は見当たらない。
 だが、私はその癖のある手書きの文字に心当たりがあった。
 私は一旦部屋に戻り、玄関でその包みを開ける。
 ちゃんとラッピングが施された袋の中身は、上品であったかそうなチェックのマフラーだった。
 それと一緒にメッセージカードも入っている。

『メリークリスマス。寒いので風邪をひかないように。』

 やはりよく見慣れたその文字は、かつてうちに来ていたサンタの字と同じだ。
 久しぶりにプレゼントを持って来たかと思ったら、家の中じゃなくて玄関先に置いていくなんて、我が家のサンタはどれだけ変わったサンタなんだ。あの頃の私でも、さすがにそこにあるとは気づかないのではないだろうか。
 私はそう思いながらも笑みをこぼす。
 久しぶりにプレゼントを見つけた時のあのワクワクした感覚が蘇り、朝起きた時に感じた寂しさはいつの間にか消えていた。
 サンタにあとでちゃんとお礼を伝えないと。

 届いたばかりのマフラーを首に巻いた私は、早足で仕事へ向かった。


12/22/2023, 1:46:23 PM

『ゆずの香り』


「うち、ゆず農家なんです」
そう言って、ダンボールいっぱいに入ったゆずを持って職場に現れたのは、今年入社したばかりのうちの部署の後輩。

「独り暮らしなのに実家からこんなに送られてきて困ってるんですけど、先輩ももらってくれませんか」
「なるほどね。どうりで朝からすれ違う人みんな、手にゆずを持ってたわけだ」
「今日は冬至の日なのでちょうどいいかと思って、皆さんに配ってまわってます」
「あ、冬至って今日だっけ。じゃあ私も1つもらっていこうかな」
私がそう言うと彼は子犬のように潤んだ目でこっちを見る。
「1つと言わず、5個でも10個でも。何なら箱ごと持っていきますか? お風呂にたくさん浮かべると、とってもいい香りがしますよ」
まだ数十個、下手したら100個くらいあろうかというたくさんのゆずが入った箱を、本当に受け取ってしまいそうになり、慌てて押し返す。
「いやいや。私も独り暮らしだし、そんなにうちのお風呂広くないよ」
「だったら、料理に使ってもいいんですよ。いろんな料理の香り付けに使うのもいいですし、お菓子にしても美味しいんです」
そううっとりしながら喋る彼は、本当にゆずが大好きなんだろう。
「じゃあお言葉に甘えて5つくらいもらっていこうかな。3つは今日お風呂に入れて、残りは料理に使わせてもらうね」
「まいど!」
彼はうちの部署なんかより、営業の方が向いているのではないだろうか。
 そんなことを考えているうちに、彼は手際よく持参したビニール袋にゆずを詰め込んでいく。
 ほんわかしてそうに見えるのに「これはサービスです!」と1個多く入れるところは、思ったより抜け目ない。

「そっかぁ。冬田くんはゆず農家の息子だったんだ」
「はい、ゆずに囲まれて育ちました」
「だから、冬田くんいつもゆずの香りがしてたわけだ」
「え!? 僕そんな匂いしますか?」
慌てて自分の匂いをクンクンと嗅ぐ彼は、やはり子犬のようだった。
「冗談よ」
私がそう言って笑うと、彼は「もぉ〜」と口を尖らせた。
 やりくるめられてばかりでは困る。私だって先輩のメンツってものがあるのだ。
 でも彼は、彼のこういう憎めないところによって、先輩後輩関係なくこれからも慕われていくのだろう。

「ゆず、ありがとね」
「いえ、どういたしまして!」


 次の日、会社中がほんのりゆずの香りに包まれた。

12/20/2023, 12:55:50 PM

『ベルの音』


 喫茶店に入るとカランコロンとドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ」
 そう出迎えてくれたのは、おそらくこの店のマスターだろう。
 ピンとした蝶ネクタイに後ろで束ねられた白髪、珈琲を注ぐ細い指先には歳相応の苦労がにじみ出ている。
 初老くらいの歳に見えるが決して老けた感じではなく、むしろ背筋がピンと伸びたその凛とした佇まいに、将来はこうでありたいと思うような大人の雰囲気があった。

「ご注文はいかがいたしましょうか」
机の上に置かれた手書きのメニューを眺めていたとき、マスターが注文を取りに来た。
「ホットコーヒーを一つ」
「かしこまりました」
そう言ってマスターはゆったりと微笑んだ。

 外は雪が降ってきたようで、その寒々しい光景を窓から眺める。本当なら今頃はこの雪の中で、寒さを堪えるように二人で寄り添っていたはずなのだ。
 だが今はこうして一人、喫茶店に逃げ込んでいる。

「お待たせしました」
白いカップからは湯気があがり、珈琲の豊かな香りがそれと一緒に立ち上がる。
 注文したのは珈琲だけのはずだが、店主が手に持った皿の上には何やら菓子のようなものが。
「もし宜しければこちらもどうぞ」
「えっと……これは?」
「本日はクリスマスということで、ささやかながら店からのプレゼントです」
そう言って机の上に置かれたのは生クリームが乗った一口大のケーキ。
「えっと、ありがとうございます。いただきます」
 店主が去ったあと、俺はポケットの中に手を突っ込んだ。手の中には確かに、今日渡しそびれた彼女へのプレゼントがある。
 珈琲の湯気の奥に、今日あるはずだった未来をぼんやりと浮かべる。

 3年付き合って、結婚するなら彼女しかいないと思った俺は、クリスマスの今日、イルミネーションで有名な公園の一緒に鳴らすと永遠に結ばれると話題の鐘の下で、彼女にプロポーズをする計画を立てた。
 クリスマスに鐘の下でプロポーズなんて我ながらベタでキザだとは思うが、俺は俺なりに今日を一生忘れられない特別なものにしようと意気込んでいたのだ。
 だが人生そう思い通りにいかなかった。
 彼女は急遽急ぎの仕事で呼び出され、俺は待ち合わせ場所でドタキャンを食らうことになった。
 諦めきれなかった俺は、こうして待ち合わせ場所近くの喫茶店で時間をつぶすことにした。
 彼女は悪くない。仕事ならしょうがないのだ。
 ガチガチに緊張しながら買った指輪の箱が、虚しく俺のポケットの中に詰め込まれている。

 そんな寂しさを紛らわせるように、俺は珈琲をすする。外で冷えた体に、温かい苦味が染み渡っていく。
 苦味とバランスをとるように、今度は目の前のケーキを口に運ぶ。優しい甘さが口に広がり、俺の頬は自然と緩んだ。

――カランコロン
 入り口で鳴ったその音に振り向くと、彼女が息をきらせてそこに立っていた。
「ど、どうしたの??」
「……ゆうくんが待ってると思ったから急いで仕事終わらせてきた…………」
「もぉ〜探したよ〜」と言う彼女の鼻は外の寒さで真っ赤だ。
 笑ってはいけないと分かっていながらも俺は笑いが堪えきれなかった。
「な、何で笑うの!」
「だったさ、鼻の頭が真っ赤でトナカイみたいだ」
俺がそう言うと彼女が手で鼻を擦る。
 さっきよりもっと真っ赤になった鼻で、今度は彼女がじっとこっちを見る。
「じゃあ私がトナカイなら、ゆうくんはサンタだね」
「え?」
「だってほら」
彼女が俺の顔を指差すので、近くの窓を覗き込むと、そこには口にクリームをたっぷりつけた情けない男がうつっていた。
 彼女がこっちを見て大笑いする。俺もつられて声を上げて笑う。

 特別なことなんて必要なかった。俺は幸せを噛みしめる。
「俺と結婚してください!」
そう言って俺は彼女に指輪を差し出した。
「えーっと……」
彼女は一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに照れ笑いを浮かべ、首を縦に振った。
「はい!」

 今日、永遠に結ばれるという有名な鐘を一緒に鳴らすことは出来なかったが、こうして彼女が鳴らしてくれた喫茶店のベルの音が、俺にとっては何よりも幸せを告げる音色だった。

 俺はこの笑顔を一生守っていくと喫茶店のベルに誓った。