伝えたい言葉があるんだ。
栗原は言った。
「えーっと、えーと、あいあむ?」
言葉の壁があった。
ルイは、英語しか話せず、栗原は日本語しか話せない。
「えーっと、伝えるって英語でなんて言うんだっけ……。ハウアバウト……」
「クリハラ、サン!」
「はい、なんでしょう……!?」
「I think about the you.」
「ど、どどどど、どういう意味!?」
栗原は慌てた。
この他にどうすることも出来なかった。
目の前の流暢な英語を話すルイとコミュニケーションを取りたかったが、栗原の英語力は皆無。
なんで、勉強するのかって言ったら、こういう時のためにするんだよな。なんて思うが後の祭り。
あ、そうだ。
「あいあんどゆー、とゅぎゃざー、かつどん!」
結局その日の、夕飯は学校帰りのカツ丼でした。
誰もがみんな、強くなりたいと願っている。
死に物狂いで生きろ!
死ななかったヤツは、死体を運べ。
死んだヤツの弔いの日には、頭を垂れて、涙を流さなければなりません。
それは、苦渋を飲んだあの日を忘れないためにも、ヤツらの無念を晴らすためにも、敵を攻撃しなければなりません。
銃を持て。少年少女たちよ。
決起文は掲げられた。
悲しみで地は満ち、この苦しみを打破するために、決起せよ!
小機関銃は、街並みのレンガを崩すよ。
土嚢に隠れた少年兵たちを、無惨に戦車が引き倒していくよ。
倒れた血が、地面を濡らすよ。
死に物狂いで生きろ!
今日を倒すために、明日を掴むために。
「花束を送ろう。君に、トーマス・ライト」
白髪の男は言った。
僕は感情に任せて、胸ぐらをつかみかけたがやめた。
今感情的になるのは、あまりいい事とは言えない。
地に落ちた花束を、僕は拾った。
ジャカランタの花束。花言葉は、栄光。
僕の好きな花を、僕が王になる時に送ってくれたこの友人は、今までどこに隠れていたのだろう。
屋敷は引き払い、彼が隠遁したのは、約五十年前。
僕が、彼と最後に交わした言葉は、
「十字軍の遠征に、君は付き合わないのか」
彼は叙階した騎士だった。
最近その爵位に着いた彼は、将来を有望されていた。
彼は額を落とした。
そして、僕にかしづいて深くこうべを垂れた。
「トーマス、栄光を得るのは君だ。未来のバレンシア王に幸いを」
その時僕は十六歳で、丁度成人の儀を迎えたばかりだった。
「キスしないで……」
彼女は顔の前に手を持ってきて、言った。
彼女は頑なだった。
まるで、目の前に鎖が張り巡らされている豪邸のように、意味深で、人目をはばかるように笑った。
その笑みは、二つの意味を持っていた。
俺をバカにする要素。
それと、俺を遠ざける用途。
「なんでだよ……?」
と、俺は追いすがるように手を伸ばした。
彼女の手をつかむ。
つかみかけて逃げる。
逃げた手は、体の前にあった。
まるで、通行止めですよ、という手旗信号みたいに。
「意味がわからない」
「わからないなら、察して」
「大体お前が……!」
「お前って言わないで。そんな親しい仲でもないでしょ?」
俺は膝を折って、その場にくずおれた。
握りこぶしは膝をつかみ、ガクガク震えている。
彼女は俺を見ていなかった。
ただ、俺を見下していた。
尾崎豊のForget-me-notという歌があって、その歌詞に勿忘草がでてくるのだが、悲しみとともにその歌はあって、たたずむ彼の後ろ姿や、愛の切なさに、私たちは涙を流した。
二人、一緒に生きて行けたらいいねって、二人は頬杖を着いて考えたよ。
愛っていうものに貴賎はなくて、それで、二人の姿かたちなんてどうでもよかったんだ。
二人には、子供が三人いて、皆それぞれ幸せになって欲しいと、二人は真剣に考えていた。
「ねぇ君、このことは秘密にしておいてね。これは僕と君だけの秘密」
彼女は耳を近づけた。
それだけの一日だった。二人は初めて会った日のことを思い出していたよ。
彼女は小さな勿忘草で、彼のものに当てはめてしまいたかったけれど、彼女はそれにはまらないぐらいの、形のない姿をしていた。
だから、彼は一つだけ彼女に口付けして、
「ありがとう」
と、心を込めて言った。