タワー型のアトラクションの頂上から一気に落下するような、そんな人生の転落を味わった。
「どうして自分が。何でこんなことに…」
を繰り返し、光の届かない暗い部屋の中で膝を抱え、ただ時間が過ぎていくだけの毎日を過ごしていた。
そんなとき、
「いつまでそうしてるつもり?」
冷ややかな声が聞こえ、膝に埋めた顔を上げると、一筋の光を背に、キミが立っている。
「何?」
「何じゃないでしょ」
怒っているのか、イライラした様子で俺の前に立つと
「歯を食いしばれ」
低い声でそう言い放ち、俺と目線を合わせるように両膝をつくと手を振り上げる。それでも俺は、ぼんやりとキミを見ていたけれど
「…ごめん」
気力をなくした俺の目を覚ましてくれたのは、気の強いキミの涙だった。
「ごめん、ごめんね」
手を振り上げたまま、涙を流すキミにハッとさせられた俺は、力強くキミを抱きしめる。
「私の方こそ、ごめんね」
泣きながらもキミは俺を抱きしめ返し
「あなたが悩んでたのは気づいてた。でも、私にできることなんて。って聞かなかったから。話すだけで心が軽くなることもあるのに、追い詰めてごめんね。けどもうこんなことはしたくない。だから、これが最後だよ」
懇願するように、腕に力を込める。
「うん。もう二度と泣かせないって約束する」
俺を想ってくれるキミがいる。それだけで、こんなにも強くなれることを知った。どん底まで落ちたら、上がっていくだけ。きっとキミがいてくれるなら、できる気がする。やる気を取り戻した俺は、嬉し涙をキミにプレゼントすることを、キミの涙に誓うのだった。
未来のこと。
なんて、明日のことでさえわからないのに、わかるはずがない。
立てた予定も、その通りになるなんて確証はない。
確かなことが何もない、不安だらけの毎日だけど、それでも前に進むのは…
1日でも多く、愛するキミの幸せそうな笑顔を見たいから。俺の名を呼ぶキミの声を、何度も何度も聞きたいから。そのためなら俺は、先の見えない暗闇でも手を伸ばせる。だからキミは、笑ってて。キミがずっと幸せでいられるように、俺は頑張るから。
お昼休憩中。昼食を済ませたあと、デスクで本を読んでいると
「何の本、読んでるの?」
隣に座る同期の方に声をかけられる。
「え…っと、これです」
普段、仕事以外の会話をしたことがないせいか、緊張しながらも、何とか本の表紙を見せると
「あー、書店で平積みしてある、人気の本だよね」
自分のデスクにコンビニの袋をドサッと置きながら、にっかり笑う。
「そういうのが好きなの?」
イスに腰掛け、袋から商品を出し、律儀にも私に断りを入れてから食べ始める。
「はい。本を読むのが好きでいろいろ読みますけど、この本の作家さんが一番好きなんです」
「そうなんだ。いつもここで本読んでるの?」
「はい。読み始めると、続きが気になってしまうので、みなさんがお昼を食べに行っている間に読んでます」
「そっかぁ。そういう方法もあるんだね」
おにぎりを頬張りながら、なるほどねぇ。と呟き
「俺も真似しようかな」
と笑みを見せる。
「真似、ですか?」
訳が分からず、ぽかんとすると
「そう。俺ね、買っただけで読んでない本が結構あるの。けど、読む時間がなかなか取れなくて。いつもは昼飯をどっかで食べて来るだけで昼休憩終わっちゃうけど、昼飯を持参すれば、読む時間が取れるんだよね。絶対に邪魔はしないから、明日から昼休憩に本読んでいい?」
楽しそうに理由を教えてくれる。
「もちろんです」
笑顔で答えれば
「やった。何から読もうかな」
と、ワクワクとした様子を見せる。
「本、好きなんですか?」
「うん、いろんなジャンルの本読むよ…そうだ。許可してくれたお礼に、俺が一番好きな本、貸すね」
「え?」
「俺の周りに本好きがいないから、何か嬉しい」
にこっと笑われ、言葉を失う。
「あ、ごめん。こんなに喋ってたら読む時間無くなっちゃうね。静かにしてるから、続き読んで」
そう言うと、スマホを取り出し見始める。
本がきっかけで始まりそうなストーリー。今読んでいる本のように、ストーリーが続くといいなぁ。と思いながら本に目を落としたのだった。
薄雲がかかり、明るいけれども、晴れるかどうかあいまいな空。天気予報では通り雨が…なんて言ってたけど降るかなぁ。と空を見上げる。
「晴れるなら洗濯するんだけど…」
と悩んでいると
「何見てるの?」
後ろから彼に声をかけられる。
「空」
「空?空がどうかした?」
「洗濯するかしないか、悩んでるところなの」
彼は私の隣に立つと、空を見上げる。
「ああ、なるほど」
彼は私の方を見ると
「今日は休みにしようよ」
にっこり笑う。
「いつも家事をしてくれてるキミが、少しでもゆっくりできるように、神様がお休みをくれたんだよ。ね、ゆっくりしよ」
彼の笑顔に
「うん、そうするね」
悩みが消えて、私も笑顔になれたのだった。
しとしとと雨が降る中、キミと二人で傘を差しながら、歩いて駅へ向かう。
「雨だと歩くの面倒臭いなぁ」
とは言っても、最寄りの駅まで徒歩で行ける距離。雨だから。と車で駅まで行くことは考えなかったけど。
「そうだね。でも」
キミは俺の手をギュッと掴んで立ち止まり
「ん?何?」
振り向いた俺に
「見て、あじさいキレイだよ」
笑顔を向ける。
「あじさいって、いろんな色があってキレイなんだけど、雨が降ってると、もっとキレイだよね」
キミはスマホを取り出すと、あじさいに向けてシャッターを切る。
「雨の日のあじさい。あまり近くで見る機会ないから、見れて良かったな」
にこにこ笑うキミに
「確かにそうだね。雨の日に歩くことも、花を見る機会もほぼないから、得した気分だ」
俺は笑顔を返す。少しの間、雨に濡れるあじさいを見ていたけれど
「電車の時間、そろそろだし行こうか」
「うん」
再び駅に向かって歩き出す。雨とあじさいがくれた和みの一時。雨で歩くのも悪くないな。と思うのだった。