明永 弓月

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8/28/2024, 3:30:45 AM

 放課後、人の少なくなってきた校舎。吹奏楽部の練習の音が聞こえる。部活動に参加しない生徒は帰宅し、部活動中なので人の出入りがほとんどない昇降口でひとり、空を見上げていた。
 小雨であればそのまま帰宅の途についただろうが、そうするには少し強い雨。当然手元に傘はない。
 教室はもう鍵が掛けられている。図書室に向かうことも考えたが、おそらく直に止むだろう。空の様子から推測する。十数分のために図書室へ行くことすら億劫な自分に脳内で苦笑する。

 ――小説や漫画ならここで好きな人が通りかかる等のイベントが起こるのだろうな。
 時間を潰せるようなものも持たず、軒先から雨の降る様を見ている。好きな人はおろか、気になる人もいないので通りかかる人は友達がいいところだ。彼らも帰宅しているか、部活動中かのいずれかだから、こんなところで出会すはずもない。
 たとえば、好きな人とふたり、雨が止むのを待っているとしたら、どのような会話があるのだろう。折り畳み傘を持っていることを隠して、その時間を過ごすこともあり得るのだろうか。
 雨が止むまでの僅かな時間。空想に耽ってみる。

8/26/2024, 11:31:59 PM

 いつしか、私の人生となるもの。私の軌跡。
 胸を張れるようなものではないかもしれない。
 最後の頁に、幸せだった、と認めたい。

 最初にそう書かれたしっかりとしたノート。何らかの書籍だと思い手に取ったが、どうやら誰かの日記らしい。読むわけにもいくまい、と思いつつも、書庫にあるのだから読んでもいいのではないか、と心が揺れている。見知らぬ人の人生を覗き見てみたい。
 誘惑に負け、更に頁を捲っていく。見知らぬ誰かの日々が描かれている。その日印象的だったできごとが克明に、そしてそのときの感情が鮮明に。
 読み返したときに辛くなりたくない、と最初の方に書かれていたが、人との別れについて書かれてもいた。怒りを覚えたできごとも書かれている。書いているうちに、悲しいことも記そうと考えたのかもしれない。

 唐突に、白紙の頁が続く。その後はいくら捲っても何も書かれていなかった。
 そこで書くのをやめたのだろうか。やめざるを得ないできごとがあったのか。

 この人は、幸せだったのだろうか。


 その後、その人に倣って日々のことを認め始めた。とはいえ、毎日ではない。印象に残るできごとがあった日、そのときの気持ちをまた思い出したい。そんなときに。だから、日付は飛び飛びだ。それも自分という気がしてならない。そんな自分を受け入れられるのも、あの見知らぬ人の日記によるのかもしれない。あの日記も毎日ではなかったのだ。
 私の人生、私の軌跡。幸せだった、で締めくくりたい。
 あの人に出会わせてくれた日記帳に感謝を。
 私の日記帳は、その隣に置いておこう。もしかすると、誰かが何かを勝手に感じるかもしれない。

8/23/2024, 3:19:14 PM

 小高い山の上に展望台が設置されている。春には桜が楽しめる。夏は緑が生い茂り、秋には紅葉が見られ、流石に雪は降らないので葉の落ちた木々が冬であることを示す山。その展望台からは湾が見える。海はすぐそばにある。

 古代より旅の歌も詠まれてきた。歌碑もある。海を渡ってきた人、これから海を渡る人が訪れた。彼らもこの海を見ていたのだろうか。勿論、街並みは大きく変わり、自分の知る港は彼らの知らない港だろう。見える景色は異なっているだろうが、果たして海の様子は変わったのだろうか。答える人はいない。
 展望台のベンチに腰掛け、ぼんやりと空と海を眺める。幸い過ごしやすい気温だ。鞄から飲み物――ペットボトルの水――と先程購入したハンバーガーを取り出す。晴天の下の食事はより美味しい。鳥の声が響き、土と草の匂い。そこに見えてはいても、風は強くないから潮風のような香りはしない。

 しばらくこの景色を見ることはない。見えている方向とは違うものの、自分もこの街を離れ、海を越える。だから、長らく海を見てきたであろうこの場所を訪れた。ずっとここにあり続けたからこそ、自分にとって身近なこの場所へ。
 旅立つことに対する気持ちの整理。ここで抱いた海の向こうへの希望を忘れないために。
 すぐには行けなくなる海への憧憬を今ここで満たして。

8/22/2024, 11:26:45 PM

 リバーシ。
 正方形の盤の上に並べられた石。表裏にそれぞれ黒と白が塗られている。プレイヤーは交互に盤面へ石を置いていく。相手の石を自分の石で挟んだときは、相手の石を裏返すことで、自分の石にする。そして、最終的に盤上の石が多かったほうが勝ちとなるゲームだ。
 ルールこそ簡単だが、戦術は数多く生み出されているらしい。有名だという戦術も知らない。極めようとしているわけではない自分にとっては未知の領域である。

 黒の石を置く。盤面上ではこちらが優勢に見えるが、隅を取られている。残っている隅はこちらがとりたい。
 四隅を取ることに失敗こそしたものの盤面の石の数はほぼ同数。隅を取られている分、残りの配置を考えないと一気に形勢が変わりかねない。
 少しずつでも白を裏返して黒の石に変える。できるだけ相手方の取れる石が少なくなる場所を選んでいく。はじめからもう少し考えておけば良かったのだろうが、ある程度できあがらないとイメージできないのは良くない点かもしれない。白を黒に、黒を白に裏返してゲームは進む。

 盤上に石が敷き詰められたとき、黒色の石が僅かに多かった。

8/22/2024, 3:20:39 AM


 翼を持っているとしたら、どうする?

 その問いに答えを持たなかった。鳥になりたいと思ったことはないし、空を飛べることが自由だと思ったこともなかった。
 質問を受けて、今一度考えてみる。
 人間には脚があるし、その他の移動手段も選べる。鳥の足が長距離の移動に向いているとは思えない。ペンギンの場合は泳ぐことに特化しているという。そう考えると、創作における有翼種の発達というのは少し興味深い。脚も使えて翼も使えることが多いように感じる。

 閑話休題。
 空を飛びたい、という気持ちがなかったわけではない。恐らく最初は空を飛ぶことこそが目的であり、その先を考えられなかったのだと思う。そのうちに成長し、自由という名の不自由に縛られてしまったのかもしれない。
 まるで籠の中にいるみたい。そう言ったのは誰だったか。思い出すことはできないが、否定できなかったことは覚えている。翼を持っていても籠の中にいるならどこにも行けない。そんなことはわかっている。拗ねたような口調だったかもしれない。確かその人は少し笑った。

 目の前の人物はあのとき話した人ではない。同じ答えでも問題はない。問題ないはずなのに、違和感を覚える。あのときと何か変わっただろうか。思い当たる節もない。

 地に足がついている方が落ち着く。

 何となく、そう返した。自分はきっと鳥になれない。そのようなふるまいもできない。
 けれど、自分らしくそこに立っていたい。

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