寿ん

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9/27/2025, 1:11:25 PM

『涙の理由』


そんなの、あなたが笑うから。
ただそれだけよ。

9/17/2025, 7:20:02 AM

「答えは、まだ」



銀行アプリから通知がきた。
なんだと思って開いてみると、こないだのクレジットカード利用額が引き落とされましたうんぬんと言っている。

3万8000円か口座から引かれ、残りは16万。
次の給料日が来たら、いよいよだ。

この金みんな握りしめて銀座の宝石店へ行こう。

君がくれたプロポーズの返事を買いに。

地位も権力もお金もない、地味なフリーターの俺だけど、せめてこれだけは確かな形にしたいんだ。
だから待っていてくれと頼んだら、君は不思議そうに首を傾けてる、それから耳を赤くして「うん」ってうなずいてくれた。

それだけで俺はなんだってできる気がしたよ。

君がくれたプロポーズの答えは、まだ、口の中にある。
でももうすぐ伝えに行くよ。

きらりきらめく想いを宝石に、
この永遠の誓いを輪っかにして、
君の薬指にはめよう。

8/8/2025, 2:27:26 PM

「夢じゃない」


あなたがいた。
夢じゃなかった、夢ならよかった。

わたしはただ見つめるだけ。あなたに気づかれないように見つめるだけ。

幸せ?……ええ、そうかもしれません。
だけど不幸せかと訊かれたら、はいと答えてしまうでしょう。

あなたがいた、それだけなのに。それだけで……。

わたしは夢見心地になって、今にも空へ舞い上がりそうで、夢のなかではあなたはきっと、笑ってわたしのそばにいるの。

あなたがいた、夢じゃない、夢であってほしい。

夢のなかでなら思いを伝えられるから。

7/16/2025, 11:47:03 AM

『真昼の夢』


夢を見ていた。
わたしは彼女の横を歩いていた。

桜が咲いた川辺を、ゆっくりと、何も言わずに。

いつのまにかわたしは、彼女の手を握っていた。彼女は何の反応も示さない。ただじっと、前の一点のみを見つめている。
わたしのことさえも見えていないように。

夢だとわかっていた。
彼女が、こんな近くにいるはずがないのだから。

だから腕をつかんで、引き寄せた。

されるがままに、彼女はわたしにもたれかかった。マネキンのように、手応えはまるでなかった。

プラスチックの頬に唇をつけた。
誰のものでもない耳にひと言、ささやいた。

この瞬間だけ、彼女はわたしのものになった。

わたしは自身がケモノと化す前に、彼女から手を離した。スーツのポケットのなかで、スマホが着信音に震えていた。


目を開けると、そこはいつもの道の上だった。
ランドセルを背負った子どもたちが、午前授業の開放感を全身で表しながら追い越していく。

こんな真っ昼間に、道の真ん中で、わたしは幻覚でも見ていたのか。

わたしは歩きだす。夢の中の彼女と同じように、ただ前一点のみを見つめて。
わたしより頭ひとつぶん背の低い彼女を、探してしまわないように。

6/15/2025, 11:03:30 AM

『マグカップ』


あなたが手を振り上げた。

あっと思って身をかがめると、あなたの手にあったそれは頭上を飛んで、3メートルほど離れたところに落下した。
がちゃあんというよりは、ごとぅんという音をたて、マグカップはカーペットに転がる。

あなたは目を真っ赤にして、肩で息をして、頬をつやつやと濡らしていた。ふっ、く……という声を喉から漏らし、無傷のマグカップをにらみつけていた。

うう……と顔を歪ませたかと思うと、ぱっと身をひるがえしてリビングを出て行った。

わたしはぼうっと座りこんで、それからマグカップを振り返った。持ち手を左下にして、大人しく床に寝ている。

そっと持ち上げた。
あなたのお気に入りの、白地に黒い線でねこの絵が描かれたマグカップ。土曜日のおやつにはよくコーヒーを淹れて、ミルクもたっぷり注ぐのが習慣だった。

……今日ももしかすると、そうするかもしれない。
そう考えて、マグカップを洗いにキッチンへ向かった。

あろうことか、泡立てたスポンジで飲み口をこすったとき、わたしはマグカップをシンクに落としてしまった。

いつもなら平気な高さなのに、今回ばかりはがちゃあんと派手な音を立てて、ねこのマグは割れてしまった。

「ああ……」
声が喉を伝って這い上がってくる。
「ああ、ごめん、ごめんなさい……」

ねえ、あなた。わたしのかわいい妹。
ごめんね、あなたの痛みに気づけなかった。苦しさを考えていなかった。

わたしは破片を指でつまんで、新聞紙に包んだ。ねこの顔の部分だけきれいに残っている。これだけは捨てられないと思った。

戸棚からわたしのマグカップを取り出す。
インスタントコーヒーの粉を量って、お湯を注いで、ミルクをたっぷりと。
冷めないうちに、妹の部屋に運ぼう。
嫌がるかもしれないけど、抱きしめよう。

あなたが大事だよと、大好きだよと、伝えなくちゃいけない。

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