寿ん

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12/17/2024, 1:54:16 PM

とりとめもない話


「なに話してたの」

「え?」

「さっき。小田と2人で話してたでしょ、何の話?」

問いつめると、彼女はやだなあと首を振った。長いポニ ーテールがさらさら揺れる。

「別に何でもないよ。他愛もないこと」

「どんなこと?言えないの?僕に知られたくないこと?」

「友くん」

「だって僕に話さないって、そういうことだろ。都合が 悪いんだ」

「友くん、あのね」

彼女は腕を伸ばして、僕の頬を両手で包んだ。先週、一緒に買 いに行った手袋はふわふわして暖かかった。

「あのね、そりゃあわたし、付き合うとき『ちょっとは 束縛してね』って言ったけど。これじゃ尋問だよ」

困ったように眉をひそめる彼女の口元は、やっぱり微笑 みが絶えなかった。

「いーい? 小田くんとはゼミのことで話してたの。は い、疑い晴れた!」

「ちょっと美咲……」

「じゃあ、もう電車来るから。また明日ね!」

点滅する踏み切りの向こうへ、美咲は手を振って駆けて行った。彼女のぱっと明るい笑顔が僕は好きだった。

電車が僕らを引き裂くように通り抜けていく。僕は大好きな彼女に大きく手を振った。

「また明日、じゃあ」

じゃあなんで、小田の家に行ったの。
じゃあなんで、小田と手を繋いでいたの。
じゃあなんで、キスしていたの。

いつからだろう、あんなにきれいに笑う美咲の「他愛もない話」を信じられなくなったのは。

途中で壊れたんじゃない。きっと、最初から何も築けていなかっただけだ。



最近、友くんの様子がおかしい。
今まで絶対にしなかったのに、よく女の子と2人で喋っている。

「友くん、さっき、岡田さんとなに話してたの?」

「何でもないよ。とりとめもないこと」

「ほんとに?わたしに隠し事してない?」

友くんはスマホから顔を上げて、優しく目を細めた。

「うん、なんにも」

12/10/2024, 10:27:36 AM

仲間


(読み)ナカ-マ

電車で肩を預ける人のこと。   →類語…あなた
                →対語…知らない人



                  「わたし辞書」

12/6/2024, 8:45:55 AM

眠れないほど


重い布団を跳ね除けるかのように、彼は窓を開け放った。とたん、むせかえるほどの甘ったるい空気は逃げ出して、僕らは2人きりになった。

彼は振り返って、決まり悪そうに微笑んだ。
「それじゃ……そろそろ戻ろうか」
それがいい。こんな気持ち悪いところに、これ以上いたくない。
立ち上がって彼の方へ歩いた僕は、その手から窓の主導権を奪った。窓は木枠にしっかり収まって、がちょんと重軽い音で鳴いた。

「やだ」

きっと鏡を見ても、同じように面食らった顔が映っているだろう。僕らは目を丸くして見つめ合った。
永遠に続くかと思うほどの沈黙、と、涙。

彼は僕を突き飛ばして、窓を乱暴に開けると、真っ赤な瞳で僕を睨んだ。

その夜、眠れぬほど僕を悩ませたのは、あのねっとりとした甘い空間でも、軽蔑したような彼の目でもなく、また米価が上がったというニュースだった。

11/26/2024, 11:30:05 PM

微熱


うなされて目を覚ますと、リビングはまだ電気が点いていた。
テレビの音はなく、台所では洗い物の気配がした。時折、鼻歌もきこえた。
枕元を片手で探って携帯電話を手繰り寄せた。
『氷まくらちょうだい』
それだけ送って、また眠りに落ちた。

ほだされた心地がして目が覚めると、電車に揺られていた。隣にはあの人が、静かに本を読んでいた。
乗客はまばらで、車内アナウンスも聞こえなかった。
「あの、」
声を出すと、その人は人さし指を唇に当てた。わたしはまた目を閉じた。

熱に浮かされて目を開くと、いつもの天井があった。
リビングの明かりは消えて、ベッドサイドのテーブルには水のボトルが置いてあった。そういえば寝る前、冷蔵庫から出したんだっけ。
全部、夢。そう、夢だ。
水を飲もうと身体を起こすと、柔らかいものを手で踏んだ。アイス枕だった。

カーテンの向こうではすずめが鳴いている。
わたしの風邪も、もう微熱。

11/12/2024, 1:35:22 AM

飛べない翼


隣のクラスのつばさちゃんは、空を飛べないらしい。
四年生になって始まった「高飛び」の授業で、それが発覚したんだって。そういう人も一定数いるっていうのは知っていたけど、そんな身近にいたとは思わなかった。

みんな、つばさちゃんをいじめるようなことはしなかった。飛べなくたって、つばさちゃんはつばさちゃんで、ただあまり遠いところへ出かけるのは避けるようになったって。
でもその優しさが、つばさちゃんを苦しめた。

ある日の授業で、つばさちゃんは誰よりも高くジャンプした。三階の教室の窓からも見えるくらい、高く高く。そしてそのまま頭から落ちて、動かなくなった。

中学生になって、高校に通って、大学生になった今でも、つばさちゃんのように飛べない人に会ったことはない。ひた隠しに隠しているだけかもしれない。

わたしみたいに。

飛べないつばさちゃんにわたしができたことは、きっと、なにもない。

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