この世は疑問で満ちている。
どうして空は青いのか。
どうして大地は回っているのか。
どうして星は夜しか見えないのか。
どうして我々は息をしていられるのか。
調べれば調べるほど、奇跡に等しい確率に、孤独すらおぼえる。
この広大な宇宙には、この星と同じ環境が存在する可能性は、ほぼゼロに近いという。
ならば、どうして我々は生まれたのか。
何を為すために。
誰に伝えるために。
だから、我々の言葉を詰めて、空へ放った。
いつかたどり着く先に、奇跡的に届くことがあったら、教えて欲しい。
どうしたら、あなたがたと会えますか?
2025/03/05 お題「question」
「この戦いが終わったら、お前に伝えたいことがあるんだ」
それ、死亡フラグだよ。
って笑ったら、彼は不思議そうに首を傾げた。
そりゃそうね。この世界にはそんな言葉は存在しない。
あたししか知らない。
このゲームのヒロインに転生したあたししか。
このゲームの難易度の高さは鬼畜。
十数年、いや数十年乙女ゲームを攻略してきたかつての乙女たちが、こぞってコントローラーを投げ出したくらいだ。
攻略対象を落とせないんじゃない。
死亡ルートが多岐に渡って張り巡らされているのだ。
攻略対象だけでなく、ヒロイン自身にも。
攻略対象のヒーローたちはことごとく死んだ。
あたしも気が遠くなるくらいの死を繰り返した。
親友ポジションの優しいあの娘も死んだ。
なんなら世界も滅びた。
それでも、「やり直す力」を持つヒロインのあたしの能力で、最初からやり直す。
少しずつ進んだかと思えば落とし穴があり。
やり過ごしたかと思えば今まで出なかったボスがいたり。
いやー……もう何百回やり直したかな。
「俺がお前を守る。約束だ」
そう言った彼を、どれだけ亡くしたかな。
すりきれた心はもう諦めろと言うけれど。
その心のどこかが諦めきれない。
昔、父親がファミコンで遊んでいた、某芸能人の挑戦状とかいうゲーム。
あれも相当理不尽だったけど、父親はクリアしてたのよね。
その血と根性を受け継ぐあたしだ、やってみせましょう。
彼との約束を、ハッピーエンドフラグにするために。
2025/03/04 お題「約束」
はらり、ひらり。
桜が舞う時期に、桜吹雪の中に消えるかのように、君は逝ってしまった。
どんなに泣いても喚いても、君は帰らない。
夏が来れば砂浜を歩き。
秋は紅葉を見上げ。
冬には雪だるまを作る。
はらり、ひらり。
今年もまた春が来る。
僕は君との思い出を回想しながら、桜並木を、ひとり。
2025/03/03 お題「ひらり」
この扉を叩く者がいても、すぐに開けてはいけないよ。
誰かしら? とちゃんと確認するようにね。
でないと、愚かな子羊たちのように、狼に喰われてしまっても、文句は言えないからね。
返事は「はい」でしょう?
「どうして?」なんて、お前に問う資格は無いんだよ。
誰かしら? と訊いて、ママだよ、って返ってこない限り、お前はこの扉を開けてはいけないのだから。
ママは口ぶりは優しく、だけど手にした鞭で激しく、あたしを打った。
お酒が入って酔っぱらってるときは、大声で歌いながらより激しくあたしを打った。なんなら殴った。
あたしの本当のパパとママのことを、「大馬鹿者」「生きてる価値が無かった」って笑いながら評した。
「その馬鹿の血を引くお前は、馬鹿なんだから、ママの言うことだけ聞いているんだよ」
尖った赤い爪は、あたしの首筋に食い込んで、血の痕を作った。
ある日、ママは上機嫌でめかしこんで出かけていった。
いつもより長い時間が経っても、ママは帰ってこなかった。
おなかがすいて、喉がかわいても、ママは帰ってこなかった。
力が抜けて、床に横たわっていると、扉がどんどんと音を立てて叩かれた。
ママじゃない。ママは静かに扉を叩く。
誰かしら?
からからの喉で、それでもママに言われた通り、誰何をする。
「いるのか!? 生きているか!?」
知らない男の人の声だった。
本当に狼が来た! 竦み上がるあたしの目の前で、鉄の扉に体当たりする音が聞こえる。
がちがち歯を鳴らすあたしに構わず、扉は遂に破られて、白い鎧を着て銀の剣を握った男の人が踏み込んできた。
「ああ、可哀相に。こんなに痩せて」
男の人は、ママでさえ見せたことの無い憐れみの表情で、あたしを見下ろし、告げた。
「人さらいの吸血鬼は、我々が倒した。君はもう自由だ」
男の人が言うことはよくわからない。
だけど、なんとなく。
あたしはもう、誰かしら? と問うことはなく、ママの殴打にも、狼の訪れにも、怯えないで生きていけるのだという予感がしたのだった。
2025/03/02 誰かしら?
『この種が芽吹いたら、我はまたここに来よう』
大地の精霊である彼がわたしに託したのは、この世界では絶滅してしまった花の種だった。
人と精霊が長くともにいては、災厄が起きる。それは、この荒れ果てた世界の歴史が証明している。
それでも、彼にもう一度会いたかった。
かろうじて残っていた記録を漁り、種を育てる土壌作りを始める。
適した場所、必要な肥料の比率、漉き返しの深さ、水の量と回数。
失敗して、失敗して。
挫けそうになったけれど、その度に、彼と寄り添い合って眺めた朝日を思い出した。
諦めなければ必ず朝は来る。
そう信じて、種を消費し、わたし自身の手にも皺が寄り始めた頃。
緑色の小さな芽が、土から顔を出した。
「本当にやり遂げるとは。君の執念には恐れ入るね」
背後から聞こえる、懐かしい声に振り向けば、彼があの頃と変わらない姿で微笑んでいた。
笑い泣きで彼に駆け寄る足が軽い。最近は息が切れて仕方なかったのに、疲れを感じない。
「君は天に認められた。これからは、共に大地の精霊として、世界を蘇らせよう」
わたしは彼に出会った頃の姿で、彼の胸に飛び込んでいた。
2025/03/01 芽吹きのとき