その花は、どうにも美しい。
付き合って二週間目の連休日、私達はある植物園に居た。
今の季節は丁度移り目になり、色々な花が咲いていて、
枯れ始める。ひまわりなんかは、もう枯れているらしい。
この秋の始め、デートに行こうと誘われて何処にしようかなんて話し合う事も無く、お互いに行きたい場所がピッタリと被る。それが、この植物園であった。
何しろ近所で、バスも電車も要らない距離。楽だ。
少し変わった花畑があり、是非見てみたいと思って居た私は残暑の中で白い刺繍のある服を纏い、彼はゆったりとした黒い羽織の中に白いTシャツを着ていた。下はシンプルな黒いパンツスタイルである。スタイルの良さが際立つ。
「じゃあ、入ろうか。」
彼は私の手をそっと繋ぎ、そう言って歩き出す。
私も頷き、繋いだ儘に歩き出した。
〔綺麗…。〕
入って直ぐに目に入ってきた光景に、見惚れる。
風船の様に膨らみのある華やかな桔梗、
一列に並んだ木に鈴なりに花が咲いている金木犀、
何より、繊細な美しさを持つ彼岸花。
「うん、すごく綺麗だね。来て良かったね。」
彼は私に笑い掛け、柔らかい声で、言った。
私も彼の顔を見て、笑い合う。
「さて、何処の花から見てく?僕は、桔梗かな。」
彼はそう言って、桔梗の花畑を見る。
それに頷き、桔梗畑から順に見て行く事になった。
順に巡り、最後に彼岸花畑。本来見るとしても、川沿いに列に咲いている程度で、これだけ一面に咲いているのは、初めて見た。美しい。
「じゃあ、写真撮ろっか。ほら、真ん中に立って。」
彼に急かされ、カメラに映り込む。しかも、真ん中に。
内心、写真が余り好きじゃない私はうまく笑顔になれているか不安であった。
そんな不安は他所に彼は取るよ!と、言ってシャッターを切ってしまった。…パシャ!…パシャ!パシャ!
数枚撮った所で、彼は満足そうに私に笑う。
「すげー良い写真が撮れた。ありがとう。そうだ、折角だから見てみてよ。」
彼はカメラを渡してきて、写真の保存画面に移る。
其処には、随分と柔らかい笑みを浮かべた私が居た。
〔…キミが、撮ってくれたからだね。〕
「そう?僕といる時は、いつもこれくらい可愛い笑顔しているよ?」
私の言葉に、彼は少し不思議そうに言った。
…かなり恥ずかしい。いつも、こんなに緩い顔なのか。
「ねぇ、彼岸花の花言葉知ってる?」
一途に想い続ける。だったかな?
にわか雨だ。
先日、いつも通りに彼と帰宅していると、ポツポツと、
頭上に冷たい雨粒が降り始めた。
〔雨だ。今日降るって言ってなかったよね?〕
私は自身の通学鞄を頭上に持ち、彼に話しかける。
彼も同じ様な格好で、私の方に振り返り頷いた。
「夕立ちの心配も無いって言ってたのになー。
ていうかこれ、にわか雨じゃん。」
彼はそう言って空を見上げた。
私も釣られて見てみると、確かに晴れている。
なのに、徐々にアスファルトを湿らせる雨が降っている。
〔不思議だね。〕
そう呟くと、彼は
「何となく、昔聞いた話を思い出すなぁ。狐の嫁入りってやつ。その時に、狐が泣いて雨が降る…みたいな話。」
懐かしげに言った彼に私も、少し昔の事を思い出す。
そういえば、そんな昔話があった気がする。
〔空も泣いている、って感覚になるな。私は。
お狐様の気持ちに合わせて、みたいな?〕
彼は私の言葉に、
「あぁ、確かに。そんな感じなのかもね。
でも、嬉しくて泣いてるのかな。それとも、悲しくて?」
そう答えた。私は少し考えて、
〔分かんないや。もしかしたら、寂しいとかもあるかも。
お狐様も心境色々ありそうだしね。人間とかには計り知れない、何か。かもね。〕
曖昧な返事をすると、彼は意外にも頷いて、確かにね。
と言った。
まだポツポツと雨が降り続く中を、私と彼は話しながらにゆっくりと帰った。明日、風邪引かないと良いな。
どんな在り来りな言葉でも、貴女からのメッセージ。
初めて本気で恋した子。それが、彼女だった。
とても大切な、初恋の人。
そんな彼女に、僕はデートのお誘いをするために、
一人自室で、悶々としていた。
なんて言葉を送れば、カッコよく誘えるだろう。
ついこの間まで、親友であった彼女になんてLINEを送るべきなんだろうか。
今までの「友達」らしいLINEを送るのもなんか違うし、
急に彼氏面したLINEは、なんかキモいって思われそう。
延々とそんな考えが頭の中をぐるぐるとする。
彼女とのトーク画面を開いた儘、十分程経過していた。
何回目か分からないため息をついて、もう一度トーク画面を見る。すると、彼女からメッセージが届いていた。
トーク画面を開きっぱなしにしてたせいで、気付かなかった。慌ててメッセージを読んで見ると、
「今大丈夫?」
〔平気だよ!〕
返信したは良いが、内容が子供っぽい。平気って。
またモヤモヤしだすと、直ぐに返事が来た。
「ちょっとだけ、話できる?トークでいいから」
〔大丈夫だよ、どうかした?〕
なんというか、変わらない。付き合う前と。
僕の思う恋人って、もっと好きとか送り合うイメージだったんだけど。友達の時とメッセージが、変わらない。
「今日の体育、すごい疲れた。あの先生、人間卒業してるよね」
本当に変わらない。すごいくだらない内容だ。
〔そーだね。〕
若干、返信に戸惑った。先生が人間卒業してるって内容、なんて返せって言うんだ。
その後も、変わらない内容をやり取りする。
なんていうか、こんな物なのかな。恋人って。
多少の諦めがついた時、ふと送られてきた。
「だよね。それじゃ、また明日。好きだよ」
〔へぇっ?〕
声が出た。好き?手が震える。やばい、めっちゃ嬉しい。
友達の時にも、言われた事もLINEで送られてきた事も一度も無い言葉だ。
僕もドキドキしながら、同じ言葉で返信をする。
〔うん、また明日。好きだよ、おやすみ〕
既読が付いた。それを見て、僕はベットに倒れ込み、悶える。嗚呼、何でこんなシンプルな言葉で嬉しいんだ!
好きなんて、テレビでもネットでも見るのに、
実際に言うとこんなにも照れくさいなんて!
貴女から言われると、こんなにも嬉しくて、幸せなんて。
〔最後迄、笑顔を絶やさなかったとても強い人でした。〕
8/31 ハレ
今日は、入院してるじいちゃんに会ってきた。
前にじいちゃんの家で会った時より、痩せてた。
あと、頭の毛が無くなってた。ふさふさだったのが、
白髪が何本しか生えてなかった。
話したら、いつも通りで安心した。ニコニコしてた。
9/1 クモリ
今日はお母さんだけ病院に行った。
じいちゃんの詳しい話、聴いてきたらしい。
あと、どのくらい持つか分からないって話が合ったのを、
聞いてしまった。何か、深刻な雰囲気で、すごく、怖かった。
9/5 ハレ
今日はこの前の話が頭から離れなくて、眠れなかった。
じいちゃんに会ったけど、顔がちゃんと見られなくて、
少し心配させてしまった。髪の毛は、ちょっとずつ生え始めてた。黒い髪の毛が。不思議。
9/9 アメ
じいちゃんときょうもお話した。前よりも顔色が良くなって、髪の毛も増えていた。何でだろう。でも、じいちゃんが元気そうで良かった。
9/10 ハレ
じいちゃんが、きとく、になったって言ってた。
きとくって何?じいちゃんにお見舞いに行こうとしたら、止められた。わからない、何で行っちゃ駄目なんだろ?
9/11 ハレ
じいちゃん、まだ会えないらしい。不安になる。
また、会えるよね?
9/12 アメ
じいちゃん、髪の毛増えてた。ふわふわになってた。
起きてなかった。手を握って、声を掛けてきた。返事はないけど。でも、手を触ったら浮腫む?って感じになってた。暖かかった。特別に、会わせて貰ったけれど、何か怖かった。お母さんもばあちゃんもピリピリしてた。
9/15 ハレ
じいちゃんが亡くなった。この前会わせてくれたのは、
亡くなる前にって事だった。
今日も、手を握って声を掛けてきた。冷たかった。
お母さんが、昨日私が声を掛けたら、少し顔が笑った様になって、表情が穏やかになったって言われた。
髪の毛、整ってた。白髪、一本も無かった。
顔が薄っすらと笑ってた。あの時から、ずっと笑ってたのかな。
最後迄、ずっと笑顔だったのかな。
変な時間に目が覚めてしまった。
夜中の四時、私はパッと目が覚めてしまった。
もう一度寝直すにも眠れない。諦めて、ベットから出る。
スマホを見て、何か通知の一つでも無いかと確認する。
…何もない。いつもなら、SNSの何かしらの通知があるのにこんな時に限って。電源を落とし、ため息をついた。
暫く、何をするかとベットの上で思案しても駄目だ。
肩を落とし、ぼうっとしていると、ブブッとスマホが震えた。咄嗟に手に取り、相手を見る。
「ねぇ、起きてる?」
その言葉を見て、頬が緩む。ああ、ホントに相性が良い。
〔ナイス。めっちゃ暇してた〕
直ぐに既読を付け、返信を送る。
相手も暇らしく、直ぐに既読が付いた。
「まじ?流石」
何が流石かは分からないが、取り敢えずスルーをした。
〔ホント相性良いね。タイミング良すぎ〕
そう送ると、スタンプでグッドと返ってきた。
その後も他愛の無い会話を続ける。
暫く経っただろうか。彼との会話の最中に、[おはよ]と、
連絡が来た。
スマホ画面の上にある時計を見ると、もう六時半だ。
彼との会話があまりにも楽しくて、気付かなかった。
〔もう六時半、一旦準備するから切る〕
「りょーかい、僕も準備するね。また、家の前で。」
グッドのスタンプを送り、スマホを机に置き、充電をする。
そのまま居間に向かい、おはよ、と挨拶をして顔を洗いに洗面台へ向かった。
いつもよりずっと早い朝、暇でしょうがなかったけれど、
夜明け前の奇跡に、救われた。