明日世界が終わるなら、やりたかったこと全部しよう。
今から車で海まで行って、二人でアイスを食べよう。
今からだよ。今すぐ。
それから君が行きたがってた駅前のカフェでお茶をして、欲しかった靴も買って。
ああ、公園でピクニックもしなきゃ。
あとは何だろう。映画?
ごめん、あのテーマパークには行けないかも。
やっぱり時間が足りないね。
でも最後は決めてるよ。
君と手を繋いで、ベランダで終末の世界を眺めるんだ。
生きている人間を、何も知らない動物を、それでも動く世界を。
まだ生きたかったねって泣いて、あれやるの忘れてたって後悔して、空がきれいだねって笑って。
それでいよいよ終わりが近づいたら、抱き合って、手を繋いだまま目を閉じよう。
……何?眠いの?いいよ、おやすみ。
明日も一緒に生きようね。
君と出逢って、私は変わった。
全能の神の座から、ただの人間へ引きずり下ろしたのは君だ。
私たちは影響し合い、混ざり合い、融け合い、やがて一つの美しい生き物になる。
羊の声が聞こえるかい。
君の中の怪物は、たいそう腹を空かせているだろうね。
見ないふりはできない。
聞こえないふりもできない。
大きな運命の川が私たちを押し流す。
君の穏やかな小川はすっかり濁ってしまった。
私と出逢ったことが、君にとってどんな意味を持つのか。
君は神の目を持つ人間だから、きっとそのうちわかる。
地獄の淵で踊る。
どちらかが足を滑らせるまで。
あるいは、君の覚悟が決まるまで。
その時が来たら、さも驚いたふうに、一緒に落ちてあげよう。
もうどうにもならなくて、全部が上手くいかなくて、毎日泣いていたあの頃。
あなたと二人、夜の街をヘンゼルとグレーテルみたいにさまよった。
わたしの赤い目元に、同じくらい真っ赤な目をしたあなたがキスをして囁く。
「逃げちゃおうよ、二人で」
結局、中途半端に臆病なわたしは何も言えなかった。
あの時あなたがどんな顔をしていたかはもう思い出せない。
初夏の風が前髪を揺らしていた。
耳を澄ますと今でも聞こえてくる気がする。
あの日のわたしたちの静かな笑い声。
世界に二人きりだった、遠いあの頃。
「二人だけの秘密だよ」
チェシャ猫めいた笑顔であいつは囁いた。
真っ黒な瞳が僕を飲み込もうとしている。
「ああ、気分がいいな。君の秘密をぼくだけが知ってるなんて。ぼくだけが。──あいつは知らないんだ」
じっと黙る僕を無視して、大きく手を広げたあいつが喋り続ける。
あいつにとっても僕にとっても都合が悪い秘密を、あいつは楽しんでいる。
過ちは無かったことにはできないが、僕は心底後悔していた。
「おまえ、絶対あの人に言うなよ」
悔しくて悔しくて、僕は食いしばった歯の隙間から言葉を押し出した。
念を押さずにはいられなかった。
「言わないさ。だって、せっかくの二人だけの秘密なんだから」
またチェシャ猫は笑って、強張った僕の体を抱きしめた。
背中に食い込む爪の感触を、僕は受け入れて目を閉じた。
きっと、これが罰なのだろう。
目の前で弾けるカラフルな光。
わたしたち、まるで一つの生き物みたい。
あなたが触れてるのか、わたしが触れてるのか。
嬉しくて笑う声もあなたが飲み込むから。
あなたの中でわたしがこだまするの。