一夜の夢

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もうどうにもならなくて、全部が上手くいかなくて、毎日泣いていたあの頃。
あなたと二人、夜の街をヘンゼルとグレーテルみたいにさまよった。
わたしの赤い目元に、同じくらい真っ赤な目をしたあなたがキスをして囁く。

「逃げちゃおうよ、二人で」

結局、中途半端に臆病なわたしは何も言えなかった。
あの時あなたがどんな顔をしていたかはもう思い出せない。
初夏の風が前髪を揺らしていた。

耳を澄ますと今でも聞こえてくる気がする。
あの日のわたしたちの静かな笑い声。
世界に二人きりだった、遠いあの頃。

5/4/2024, 1:36:02 PM