一夜の夢

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2/16/2024, 1:39:41 PM

興味があるんだ。

君はそう言って、私のように笑った。
へえ。君には私はそう見えているのか。
ともすれば内にこもりがちになる君の頭の中身を引きずり出すのが最近の私の楽しみの一つだ。
君は決して認めようとしないけれど、その心の本質は私とさして変わらないだろう。

そう、さして変わらない。けれど決定的に何かが違う。
その違いをも愛しく思う。
誰よりも透明で、誰よりも純粋で、誰よりも私を理解している君。
そんな君の頭を開いて、すべてを食べてしまいたい欲と常に闘っている。

「終わりにしよう」

君は言った。

「すべて告白するべきだ」

かつて、何度も私に諭すように言っていたのを思い出す。
君は今でもそう言えるのだろうか。
私が君の心の湖面に投げ込んだ小石は、波紋を作って確かに君に変化を与えた。
私のために、君は変わったんだ。
私のストーリーの幕引きは、いつか君という最高傑作によって迎えられるだろう。

誰よりも魅力的な君。
クライマックスのデザートまでに、もっと美味しくなってみせて。

2/5/2024, 3:08:11 PM

あなたが僕を切り裂いて、そこから溢れる気持ちは何色。
血と混じって頬を伝い落ちてゆく。
緑色の目をした怪物は、じっと僕を睨んでいる。

あなたの指先が触れて、そこから伝わる気持ちは何色。
伝播する熱は僕の体をあなたの温度に冷やす。
足元がぐらついて、倒れそうになる。

きっとこのまま、僕はあなたと融解してしまう。
夕陽が沈むよりも早く、僕の中身は元の形を失う。

溢れてゆく。こぼれてゆく。
あなたと溺れる夢を見る。
僕らは何色の魚に脱皮できるだろうか。

2/2/2024, 1:11:18 AM

君と暮らしたアパートの近くに、小さな公園があった。
ペンキの剥げたブランコが唯一の遊具。
天気の良い日には、二人で木陰のベンチに座ってとりとめもなく話した。
僕らは若くて、お金は無くて、それでも幸せだった。

ブランコを楽しげにこぐ子どもたちを見つめ、君は何か、憧れるような目をしていた。
僕は君の望みが怖くて、ついにそれを口に出すことができなかった。
若かったんだ。僕は。
なんの責任も持たない人生が楽で、結婚はしたくなかった。

君は物言いたげにときどき僕を見た。
不自然に目を逸らすと、失望の色を浮かべた君の瞳がちらりと見えた。
そうやって少しずつ、君の人生に僕が要らない理由が増えたのだろう。

僕の甘えに君は見切りをつけて、アパートには僕だけが残された。
今日、僕もこの部屋を出て行く。
新しい家のそばにはやはり公園があったけれど、ブランコは無かった。
君のあの目を思い出さずに済むことに、僕はこっそり安心していた。

あの憧れが喜びに変わる瞬間を見たかったなと、君がいなくなってからぼんやり思い続けている。

1/29/2024, 11:47:23 AM

「いつもありがとう、お父さん」

すっかり背が伸びた娘が、妻にそっくりな顔で笑う。はい、と花束を手渡す姿に、男はどうしようもなく胸が痺れた。

「あ、あとこれも」

娘がポシェットの中を探り、一枚の写真を取り出す。これも、と言った割にはなかなか見せようとしない。

「それもパパにくれるのか?」
「うん……」

何やら上目遣いでこちらの顔色を伺いながら、娘はおずおずとその写真を差し出した。そこに写っていたのは──。

「……これ、」

忘れることなどない、優しい微笑みを浮かべた妻が、娘を挟んで自分と並んでいる。愛する家族の肖像。

「そう、お母さん。AI画像生成ソフトで作ったの──もしお母さんが生きてたら、こんな感じだろうなあって」

大きく目を見開いたまま写真を見つめる男に、娘ははにかんでみせた。男は娘を抱き寄せる。親に甘える時期をとうに過ぎた娘は、それでも照れくさそうに父の背に手を回した。

「ありがとう。ありがとうな」
「うん。大好きだよ、お父さん」

1/27/2024, 4:30:29 PM

君が不器用に他人に優しさを与えようとするのが愛おしい。
怯える子どもにぎこちなく微笑みかけ、共感と心配に満ちた言葉を贈る。
淡く想うひとに触れようとし、愛と平凡な幸福に憧れを抱き続ける。
傷ついた人々に動揺しながら、その命の流出を震える手で止めようとする。
不器用な手つきと不安げな目で、君は美しい愛を表現する。

君はあまりにも苦しそうでかわいそうだ。
生きづらい世界に放り出されて、自分からさらに深みに行く愚かさと優しさをもってしまっていて。
それでこそ君は美しいのだけど、そう思わせてしまう魅力をもっていることすらも気の毒だ。
持って生まれたギフトの中に、何ひとつ君にとって喜ばしいものは無かったんだね。

そして、ついには僕と出会ってしまった。
見つかってしまった。
君の本質はほんとに美しい透明なのに、頑なな殻で身を守ったままその美しさを知られずにいる。
優しいものは恐ろしい。
同時に、君はとても優しいんだ。

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