一夜の夢

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1/27/2024, 4:30:29 PM

君が不器用に他人に優しさを与えようとするのが愛おしい。
怯える子どもにぎこちなく微笑みかけ、共感と心配に満ちた言葉を贈る。
淡く想うひとに触れようとし、愛と平凡な幸福に憧れを抱き続ける。
傷ついた人々に動揺しながら、その命の流出を震える手で止めようとする。
不器用な手つきと不安げな目で、君は美しい愛を表現する。

君はあまりにも苦しそうでかわいそうだ。
生きづらい世界に放り出されて、自分からさらに深みに行く愚かさと優しさをもってしまっていて。
それでこそ君は美しいのだけど、そう思わせてしまう魅力をもっていることすらも気の毒だ。
持って生まれたギフトの中に、何ひとつ君にとって喜ばしいものは無かったんだね。

そして、ついには僕と出会ってしまった。
見つかってしまった。
君の本質はほんとに美しい透明なのに、頑なな殻で身を守ったままその美しさを知られずにいる。
優しいものは恐ろしい。
同時に、君はとても優しいんだ。

1/25/2024, 3:00:57 PM

つい数ヶ月前まで、あなたの腕の中から形の良い頬骨を見上げるのが好きだった。
あなたの部屋はすべての幸福を集めた場所で、わたしはそこで安心しきって眠った。
あなたはわたしのコンプレックスのつり目を可愛いと言い、誕生日には緑のピアスをくれた。
わたしの好きなサティの曲を、あなたはいつもオンボロのCDプレーヤーで流した。

結局、わたしの楽園は砂の城だった。
あなたはわたしから安心を取り上げて、代わりに不安を少しずつ押し付けた。
わかっていたけれど、知らないふりをしていた。
あなたが本当はタレ目の方が好きで、クラシックよりもJ-POPが好きで、緑よりも赤が好きなこと。

わたしの好きだった小さな緑のソファを、あなたは最近捨てたらしい。
今ではきっと赤がよく似合う子が、わたしの楽園で笑っている。

1/23/2024, 2:54:13 PM

「こんな夢を見た、っておまえわかるか?」

君がそう切り出した。
妙に真面目くさった顔をしている。

「夏目漱石?」

すぐに影響を受ける君は、どうやら最近「夢十夜」を読んだようだ。
僕はそんな君の出鼻を意地悪くくじく。

「ああ。知ってるのか?」
「うん。高校の教科書に出てきたから」
「へえ」

なんだ、つまらん。
君は興醒めしたようで、そう言ってあさっての方角を向いた。

「僕は結局よくわからなかったよ、あの話。死んだ女にまた会うとか、百合の花とか」
「そりゃ夢だからな。支離滅裂なもんだ」
「そういうものか」
「そういうものだ」

僕はリアリストだけど、君はそうじゃない。
支離滅裂な誰かの夢にも、そういうものだと入り込む。

話の中でもう一つどうしても理解できないことがあった。男が言われるまま、女を百年待ったこと。

「僕なら死んだ相手のために、百年も待ったりしない」
「俺は待つだろうな」
「じゃあ僕が先に死ぬよ」
「それがいい」

僕が間違っていたのかもしれない。
主人公は君で、きっと僕は待たせる側なんだろう。

そしたら君は、夢を見ながら待っていてくれるんだろ。
その後で、僕は支離滅裂な君の夢を聞くんだ。

1/22/2024, 12:11:46 PM

「タイムマシーンがあるなら、過去と未来、どっちに行きたい?」

ぼくは本を読むきみに尋ねた。
きみは目を上げずに、けれどページをめくる手を止めて答える。

「過去かな」
「どうして?」
「なんとなく、未来は知りたくないから」

ほんとになんとなく、という風に見える。
ぼくはきみの肩を見つめた。

「ふうん。ぼくは未来に行きたい」
「どうして?」
「大人になったきみに、会いに行きたいんだ」

大人になったきみは、きっと背が高くなってるだろう。
小さなぼくをみて笑うかもしれない。
そう考えるとおかしくなった。
すると、きみがゆっくり顔を上げ、青い目を瞬かせた。

「もう少し待てば、会えるさ。その頃にはきみも大人になってるけど」
「そうだね、確かに」

やっぱりきみは賢い。
ぼくには思いつかなかったことを、いつも簡単に言う。

「そしたら今が過去になるのさ」


「じゃあ未来のきみの方は願いを叶えてるのか」

ぼくははっと思い至って言った。
きみが大人になっても過去に行きたいなら、過去である今にいるきみがその願いを叶えているってことか。
……なんだかこんがらかってきた。

「きみ、たまに小難しいことを言うよな」

青い目を細めて、きみが笑う。
未来のきみも、たぶんおんなじ笑顔をするだろう。
僕の願いも今、叶った。

1/20/2024, 11:15:21 AM

このまま海の底に、この身も心も沈めてしまおうと思った。
僕らの幸せは出口のない不幸だ。
これが、僕が裏切ったすべてに対するせめてもの誠意だと思った。
同時に、僕は変わってしまった自分を受け入れてゆける気がしなかった。

「波の底にも、都はありますから」
「君らしいね」

ああ、幸せだ。
あなたもそうでしょう。
僕はたぶん笑っている。
ようやくあなたを理解できた感動と絶望が体を突き動かす。

「あなたと僕は出会うべきじゃなかった」
「後悔してるかい」
「…ええ。いやと言うほど」
「私はしていないよ。来世でも」

これだからあなたが嫌なんだ。
僕は痛む身体で、反吐が出そうな微笑みを浮かべるあなたを強く抱き締めた。

ようやくあなたのことだけを考えることができる。
足は既に大地を踏み越えていた。

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