【瞳をとじて】
愛していたわ。
世界で一番可愛い私の娘。
それが自慢だった。
それなのに。
いつからかしら?
あなたが大きくなるにつれて
美しくなるにつれて
私の見た目も心も醜く変貌していくのは。
前は私もそれなりに美しく周りには何時も男性が犇(ひし)めいていた。
それが今では誰一人私の周りには近寄りすらしない。
あの人でさえも。
皆がお前をもてはやし、我のモノにしようと犇めき合った。
私はそれが羨ましかったのかもしれない。
愛情はいつしか憎しみにも似たものに変わった。
そして。
「さぁ、お食べ」
私はあの娘の大好きだった林檎を差し出した。
あの娘は怪訝な表情を浮かべるもとても純粋で人を疑うことを知らない、受け取ってしまえばそれは花が舞うように愛らしい表情へと変わった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
それから娘はその林檎よりも真っ赤な唇を開き林檎にかじりついた。
途端。娘はその場に倒れ込んだ。
「ふふふっ」
これでやっと私はこれから解放される。
もう憎むことも悩まされることもないのだ。
だげど、どうして。
「っ、」
こんなにも涙が止まらないのだろう。
「私の可愛い白雪姫」
【あなたへの贈り物】
付き合って初めての記念日。
あなたはきっとサプライズは嫌いな人。
それでも何か贈り物をしたくて私はここずっとあなたのことばかりを考えてる。
それでも何をあげたらあなたは喜んでくれるのか答えは未だ出ないままだ。
「はぁ~…困ったな」
本当に困った。
気むずかしいあなたは何を考えてるのかわからない人。
だけど、私にだけはすごく優しい。
「だから何か贈り物がしたいのに…」
何を贈ったらいいか分からないなんて彼女失格だ。
「う~ん、う~ん…」
「何難しい顔してんの?」
「はっ、」
「今度は何?」
「い、いやぁ~へへ」
何時の間に帰ったのか。
背後から彼に覗き込まれてた。
全然気付かなかった。危なすぎる!
「お帰りなさい」
「うん、ただいま」
「…」
「何?」
「ううん」
「?」
彼はクローゼットに着てたジャケットを掛けている。
「(もう直接聞いてみようかなぁ)ねぇ」
「うん?」
「今何か欲しいものある?」
「何急に?」
「何となくぅ?」
「ふ~ん…それって何でもいいの?」
「うん、何でもいいよ」
「じゃあ、お前」
「うん、わかった…へっ?」
「記念日」
「え?」
「わかりやすいよな」
「っ」
そう言って私の額にキスしてきた。
それから意地悪に笑って、
「すっげー楽しみにしてる。
風呂。入ってくるな?」
「は、はい…」
何だかとんでもない展開になってしまった。
記念日の日私はいったいどうなってしまうのか。
今からどきどきが止まらないのでした。
【羅針盤】
誰もが心に羅針盤を持っていて、それに気付かずに生きている。
目を閉じて、自分の心に囁けばきっと答えはそこにある。
そう簡単なことでもないのも知ってる。
信じて進むことが何より難しい。
【明日に向かって歩く、でも】
疲れてしまった。
何かを頑張ることも、生きていくことも。
全部放置したい、してしまいたい。
【ただひとりの君へ】
暗闇の中をただ歩く。吐く息は白く。辺り一面白銀の世界。誰とも会うこともなく、ただ歩く。
ふと立ち止まり頭上を見上げた。
空は灰色。
そして、己が手を見下ろせばそれは真っ赤に染まっている。
地面の上に降り積もったばかりの雪の上にその手を埋めていく。
白かった雪は血の赤に染め上げられていく。
それを見ていると何だか恍惚と興奮に似た感情が溢れだしてくる。
自分はやはり何処かおかしいのかもしれない。
己が冒(おか)した罪の重さを知ってもなお心は何も感じない。
一番大切で大事で失くしたくないモノだった。
それなのに…。
肉体を失えば魂は自分のところに残るとそう思えた。
君を誰にも渡したくなかった。
初めての感情だった。
こんな感情生まれて一度だって感じたことはなかったのに。
自分だけのモノにしたい。失いたくない。自分だけのモノでいて欲しい。
そして、遂にその日は来てしまった。
自分は己の欲に負け、君をこの手で殺めた。
何処を探しても君はもういない。
たったひとりの大好きな君。