コノハ

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10/31/2024, 6:47:46 PM

【理想郷】

まだ出逢えぬ理想を求め私は旅をしていた。そこは誰も知らない秘境の地、文明が栄え、争いもなく、誰もが仲睦まじく平和に暮らしているそうだ。本当にそんな場所が存在するのか?半信半疑のまま私は粗末な荷物だけを持って、何十年以上もその地を探しているが未だに見つけられないまま歳ばかりが過ぎていた。身体はもう旅に出たばかりの頃のようにはいかなくなってきていた。私に残された時間はあまり残されてはいない。だが、ここで止めるわけにもいかない。私は何としてもその地を見つけださなければならない。その地の住人は皆、怪我も病気になったとしても瞬間、何事もなかったかのように治癒されるという。それはそこにしか生殖していない花。その花は枯れることなく永遠に咲き続ける。私はどうしてもその花を手に入れなければならない。私の妻は病に伏せ、どの医(くすし)に診せど、治療法を見いだすことができなかった。それでも諦めきれなかった私は数えきれない程の医学書を読み漁ったが、妻を救う手立ては得られなかった。しかし、私はある古文書を見つけだした。私は縋る思いでその書を読んだ。そして、私の旅は始まった。だが、もうダメかもしれない。私が何十年以上も病床の妻を医に預けている間、病状が悪化してしまっているかもしれない。あぁ、こんなことなら信憑性もない絵空事など頼らず妻の傍に居てやれば良かったのだ。私は愚か者だ。すまない、こんな甲斐性のない私を許してくれ。…もう、体力の限界が来ているようだ。視界が歪み、意識遠退いてきた。私は先に逝くよ。こんな私の妻になってくれたこと感謝する。

「…、た」

…途切れた意識の向こう側、懐かしい声がした。
誰かが私を呼ぶ。私は目を醒まさなくてはならない。そう思わせてくれる声だった。

「…、ん」
そして私は意識を取り戻した。

「あなた」
まだぼやける頭の中、私は声の主を探した。それは優しい笑顔をした妻だった。
「…、お前。どうして…」
私は訳がわからなかった。なぜ、病床の妻が私の目の前にいるのか。
「そうよね、訳がわからないわよね。実は―」
混乱している私をよそに妻は話し出した。
「…なの。」
「…そうか。」

妻が言うには、私が旅に出てすぐ妻の病状が悪化し、手を尽くすまもなく命尽きたのだという。そして、私も旅の果て、理想郷を見つけることなく命尽きた。

「…結局、私のしたことは無意味なことだった。こんなことならお前の傍にいてやれれば良かった。どうか馬鹿な私を許してくれ」
瞬間、後悔の果て私の眼からは止めどなく涙が溢れ出ていた。そんな私を妻は責めることなく微笑み抱きしめた。

「そんなことないわ。あなたは私を救おうとしてくれた。その気持ちだけで充分だわ。」
「…っ」
「それに、あなたが見つけた古文書だけど」
「?」
「あれは昔。私のお祖父様が幼かった私のために書いてくださった、御伽噺なの。」
「…え?」
「だけど、見て?」

妻が指差した先、そこには―

10/30/2024, 10:07:06 AM

【懐かしく思うこと】

懐かしく思うことなんて今の私の人生ではまだまだ短い。いつかそう思えるほどの出来事が自分にもあるのだろうか。そう思えれば、今の生きづらさも少しは楽になるのかな?

10/29/2024, 11:16:34 AM

【もう一つの物語】

自分が生まれてこなかったら、あなたを哀しませることはなかったのかな。私が選んだのはあなたの愛ではなかった。だって私はあなたをひとりの男性ではなく、父親のような存在と認識していたのだから。だから私は彼を選んだ。それにたとえ蛇に唆されなくたって私はきっと彼を愛し、彼に愛されることを選んだだろう。そうでしょう?だって、私は彼の体の一部から創られたのだから。彼の喜びが私の喜び。彼の幸せが私の幸せになるのだから。私たちは楽園を追放されたけど、決して愛を知ったことを罪だったとは思えない。あなたのもとを去ることに後悔はない。…嘘。本当はあなたに私たちを認めて欲しかった。だって、あなたが一番私たちを愛してくれていたのだから。だけど、ごめんなさい。私たちはあなたの愛情を裏切り、自分たちの幸福を築いていきます。

10/28/2024, 11:04:21 AM

【暗がりの中で】

眠れない夜は、あなたに傍にいてほしい。こんなこと言ったらきっとあなたを困らせるってわかってるから、本音はいつも心の中に閉じ込めるの。少しでもあなたの声を聞いていたくて、わざとどうでもいいことを口にしてる。そうすればあなたは側にいざるを得ないから。夜、暗がりの中で私が淋しさに押し潰されそうになっていてもあなたを思い出させてくれるように。時間が来ればあなたは部屋を出て行ってしまうから。あなたの姿を失った空間で私は切なさで胸が苦しくて涙が止まらなくなる、"行かないで、一緒にいて"そう言えたらどんなに楽だろう。

10/27/2024, 12:13:04 PM

【紅茶の香り】

私は紅茶が好き。朝目を覚ますと部屋の中にほのかに茶葉の香りが流れてくる。まだ眠気の残る瞼を擦りながら私はベッドから起き上がった。欠伸をひとつ、背伸びをする。さて、起きなくちゃ。ベッドを降りて私は寝室のドアを開ける。途端、紅茶のいい匂いが私の鼻を占領する。

「おはよう」

"おはよう"。リビングから柔らかく優しい声が私の耳に届けられる。
声の方に視線を向ければ、暖かな陽だまりのような微笑みが私に注がれた。
それに私もおはようと微笑んで大好きな彼の隣に腰を下ろした。

「今日はどうする?」
「うーん…最近寒くなってきたから、ミルクティーホットがいいかな」
「わかった」

そう言えば、彼は慣れた手付きで二つ用意されたマグカップに湯気の立ち上る紅茶を丁寧に注ぎ、牛乳と少しの蜂蜜を淹れてくれた。

「できたよ」
「ありがとう」

私は彼からカップを受け取るとそっと息を何度か吹きかけると口へと運んだ。
たちまち口の中は温かな紅茶と牛乳と蜂蜜を含んだ優しいあまみが広がって喉の奥へと流れていった。

「おいしい…君は紅茶を淹れるのが上手だね」
「そう?」

そう言って彼は少し照れくさそうに笑うと自分もカップに口をつけた。
私の大好きな彼。いつも一緒に過ごした次の日の朝は、必ず私より早く起きて、私が起きる頃に合わせて紅茶の準備をしてくれてる。だけど、本当は知ってるの。あなたが紅茶よりコーヒーが好きなこと。それなのに紅茶が好きな私に合わせて、私のために紅茶を淹れてくれる。だからかな。つい口に出しちゃった。

「…ねぇ、これからもずっと私のために紅茶を淹れてくれる?」
「いいよ」
「…え?」
「え?って、俺今プロポーズされたんじゃないの?」
「ぷろ…、もしかして、口に出てた?」
「うん」
「…」

やってしまった。私はたまに無意識に言葉が口から出ていってしまう。今も心の中で思ったつもりだったのに。

「ごめん、いつもの。だから今のは忘れて」
「悪いけど、それは無理かな」
「え?」
「だって、俺もあんたとずっと一緒にいたいし。だから、先に言われちゃったけど。」
「…っ」
「…毎朝、何時だってあんたに紅茶を淹れる役目は俺だけにして。ずっと一緒にいよう?」


…な~んて、言われてみたい。 

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