【理想郷】
まだ出逢えぬ理想を求め私は旅をしていた。そこは誰も知らない秘境の地、文明が栄え、争いもなく、誰もが仲睦まじく平和に暮らしているそうだ。本当にそんな場所が存在するのか?半信半疑のまま私は粗末な荷物だけを持って、何十年以上もその地を探しているが未だに見つけられないまま歳ばかりが過ぎていた。身体はもう旅に出たばかりの頃のようにはいかなくなってきていた。私に残された時間はあまり残されてはいない。だが、ここで止めるわけにもいかない。私は何としてもその地を見つけださなければならない。その地の住人は皆、怪我も病気になったとしても瞬間、何事もなかったかのように治癒されるという。それはそこにしか生殖していない花。その花は枯れることなく永遠に咲き続ける。私はどうしてもその花を手に入れなければならない。私の妻は病に伏せ、どの医(くすし)に診せど、治療法を見いだすことができなかった。それでも諦めきれなかった私は数えきれない程の医学書を読み漁ったが、妻を救う手立ては得られなかった。しかし、私はある古文書を見つけだした。私は縋る思いでその書を読んだ。そして、私の旅は始まった。だが、もうダメかもしれない。私が何十年以上も病床の妻を医に預けている間、病状が悪化してしまっているかもしれない。あぁ、こんなことなら信憑性もない絵空事など頼らず妻の傍に居てやれば良かったのだ。私は愚か者だ。すまない、こんな甲斐性のない私を許してくれ。…もう、体力の限界が来ているようだ。視界が歪み、意識遠退いてきた。私は先に逝くよ。こんな私の妻になってくれたこと感謝する。
「…、た」
…途切れた意識の向こう側、懐かしい声がした。
誰かが私を呼ぶ。私は目を醒まさなくてはならない。そう思わせてくれる声だった。
「…、ん」
そして私は意識を取り戻した。
「あなた」
まだぼやける頭の中、私は声の主を探した。それは優しい笑顔をした妻だった。
「…、お前。どうして…」
私は訳がわからなかった。なぜ、病床の妻が私の目の前にいるのか。
「そうよね、訳がわからないわよね。実は―」
混乱している私をよそに妻は話し出した。
「…なの。」
「…そうか。」
妻が言うには、私が旅に出てすぐ妻の病状が悪化し、手を尽くすまもなく命尽きたのだという。そして、私も旅の果て、理想郷を見つけることなく命尽きた。
「…結局、私のしたことは無意味なことだった。こんなことならお前の傍にいてやれれば良かった。どうか馬鹿な私を許してくれ」
瞬間、後悔の果て私の眼からは止めどなく涙が溢れ出ていた。そんな私を妻は責めることなく微笑み抱きしめた。
「そんなことないわ。あなたは私を救おうとしてくれた。その気持ちだけで充分だわ。」
「…っ」
「それに、あなたが見つけた古文書だけど」
「?」
「あれは昔。私のお祖父様が幼かった私のために書いてくださった、御伽噺なの。」
「…え?」
「だけど、見て?」
妻が指差した先、そこには―
10/31/2024, 6:47:46 PM