その男は好き嫌いが激しかった。食は偏り、遊びは変わらず、人付き合いは限定されていた。偏狭な自分に嫌気がさし、男は一念発起、好き嫌いをなくすことを心に決める。様々なものを食べ、いろいろな遊びをし、人を選ばず交流した。血の滲むようなの努力の末、男は無我の境地に達する。すなわち、どんな事も好きでも嫌いでもないと感じられる領域に己を置くことに成功したのだ。
好き嫌いをなくした男は、世の中がつまらないものだと気付いた。特に好きになれるものが無かったからだ。
水槽に解き放ったメダカたちはすいすいと泳ぎ出した。多くの仲間たちに出会って楽しそうだ。孤独で過ごすのは辛かったのだろうと、なるべくたくさんのメダカを入れる。折角だから、いろんな飾りも入れて明るい水槽にしよう。
しばらくすると、メダカたちは水面で口をパクパクし始めた。どこか苦しそうだ。どうやら酸素不足らしい。なるべく植物を入れてあげましょう、とネットに書いてある。藻類を入れると、やがてメダカたちは落ち着いた。緑がないと息苦しいようだ。
ゆるゆると泳ぐメダカを眺めながら、うちでも花を育てようかな、と思う。
お題: 街
金曜日の夜、僕は上機嫌でスマホをいじっていた。
SNSを眺めているだけでやりたいことはいくらでも見つかる。いろんな人がいろんな面白いを発信してくれるからだ。イベント、フェス、ライブ、キャンプ、映画。どれもこれも面白そうだから、半ば無意識的にやりたいことリストに追加する。
気づけばリストは五十件を越えていた。やりたいことばかりの日々。なんて贅沢な話だろう。スマホやSNSがなければこんな生活はありえない。現代に生まれてよかった。明日は何をしよう。迷っちゃうな。
その時、突然の不具合によりスマホは機能を停止した。やりたいことリストは全て抹消された。僕は焦った。リストの内容は四つくらいしか思い出せなかった。
とりあえず、覚えてることからやろう。そうして手をだした趣味は生涯にわたって続いた。
けたたましい目覚まし。類をみない不快音。たぶんこの世で一番嫌いな音。五分聞き続けたら病む自信がある。一秒でこの憂鬱さだもん。でもだからって好きな曲に変えるのもムリ。三日で嫌いになるから。一度それで後悔してからはずっとこの音。たまにさ、推しのイケボを目覚ましにしてる人とかいるけど、正気の沙汰じゃないよね。三日後には拳で黙らせてるよきっと。かわいそ。
にしても眠い。昨日、マンガ読み過ぎたんだっけ。今日ゼッタイ眠いよ。昨日の私ってばホントばか。朝になったら後悔するのに、いつも夜更かししちゃう。人って愚かだよね。人っていうか私か。
東向きの窓。朝日が入って来るのがいい。ちょっと肌寒いから、しばらく温もりをお裾分けしてもらおう。お日様、ついでにカレンダーの文字を赤くしてくれませんかね。それか、西の空に全力ダッシュとか。カワイイ私からのお願い。どう? ねえねえ。
上目遣いに太陽を見る。返ってきたのは、大きなくしゃみ。お天道様は今日もつれない。私はふてくされて、リビングに下りる。「おはよー」
ジャラジャラと転がり落ちるパチンコ玉。これが人生ってヤツだ。第一の杭を潜れなかったら終わり。第二のポイントを通った玉にはチャンスがある。それでもスポットに落ちるのはほんの一握りだけ。結局、どいつもこいつもてんで駄目だ。バラバラと掃き溜めに落ちていって終わり。何のチャンスもない。所詮、玉のいく末は、打ち出した瞬間の力加減で決まる。出身地、家庭環境、才能、性格。生まれた時の速度で将来が決まるのだ。
数字がゼロになった。玉切れ。最後に飛んで行った玉は、大ハズレの道を落ちていく。舌打ち。ダメだ。会社をクビになり平日にパチンコ打ってる俺くらい駄目だ。救いようがない。
それなのに、コロコロと落ちていく最後の玉を、じっと目で追ってしまうのはどういうわけだろう。
(ここで終わろうと思ったけど追記)
俺は諦めているのか。もう道はないのか。このまま終わってしまっていいのか。本当に、これでいいのか。
「いいわけ、ねえだろうがあ!!」
俺はパチンコ台を抱えると思いきり横倒しにした。
最後の玉は突如として向きを変え、見事ジャックスポットイにイン。
「まだまだこれからだあああ!!」
「お客さまっ! 一体何をっ!」
「っしゃあああ!!」
その後、警察が来ていろいろ怒られた。