真夜中
風の音で目が覚めた。
閉めたはずの窓が開いている。
時計の針は2時過ぎ。
左隣はぽっかりひとり分の穴。
「ねえ」
ベランダに居るんだろう、そう思って声をかける。
「ねえ」
返事がない。
夜風に当たってそのままトイレにでも行ったんだろうか。
面倒だけど、ベッドから抜け出して大して広くもない部屋の中を見て回る。
いない。
「ねえ」
答えは無い。
ふいに衝動に駆られて、ベランダの下を覗き込む。
いない。
時計は2時30分を指した。
後悔
親きょうだいに恵まれて
食うに困らずよく遊びよく学び
友と語らう蛍雪の窓
破れし恋慕は青春の跡
縁を手繰りて結ばれし一重まぶたの恋女房
付いて回るは鼻を垂らした蒙古斑
人を恨まず恨まれず
何の無念があろうかと
ただの一つを挙げるなら
明日を泣いてくれるなと
もはや音にも出来ぬこと
ほんと、窮屈だよね。外出しないでください、なんて。
昨日まで普通だったことを制限されるなんて、ストレスだよね、分かるよ。
でも安心して、僕が完璧なおうち時間を用意してあげる!
食べたいもの、飲みたいもの、観たいもの、読みたいもの、遊びたいもの、学びたいもの、おうちで出来るもの全部完璧に揃えてみせるよ!なんなら内職だってしていいんだよっ。
どうしたい?
何がしたい?
何が欲しい?
「外に出たい」以外のこと、全部叶えてあげる!
#おうち時間でやりたいこと
子供のままで
もしも私が子供のままでいられたなら、
今頃あらゆる文学賞を総なめする天才小説家でしょうね。
何をもって子供をやめたのかは知らないけど。
子供をやめた気もないけど。
でも何の夢も叶ってないから、きっと大人になったんでしょうね。
モンシロチョウ
一面の菜の花畑。
抜けるような晴天。日差しも柔らかく、風も強すぎずに時折金色の海に吹いては、穏やかな波を作っている。
なんて素敵な春の昼下がり。
――アレもそうだな。……あっちも、あっ向こうも。
せっかくのGWだからとか、子どもよりも浮かれた親に連れられてきたのは花畑と小さな牧場。
正直帰りたい。別にそんな長い休みでもないのに普通に宿題あるし、人多いし、渋滞はまるし、牧場はなんか臭いし、菜の花畑とか写真一枚撮れば十分だし。
どうせつまんない顔しか出来ない息子なんか連れてこなくていいのに。今年はお隣さんも一緒にだとか、知らんし。
母さんには悪いけど、楽しみもせずに息子は今、このスバラシイ景色の一つの蝶々を観察しては「あー、○ックスしてる」って思ってるよ。
「ねえ、宿題終わってる?」
「……終わってない」
「良かった。ね、帰ったらいっしょにやろ」
「一人でやれよ、あれくらい」
やっぱ来なきゃ良かった。
幼なじみとかいうニンゲンはうるさいし、肩に蝶止まってるし。
「見て、ほら、可愛い」
その虫さっきまで○ックスしてたぞ。
「可愛くねえよ」
「えー、ひねてるなあ」
触んなそんな事後昆虫。
「あっ行っちゃった」
「…………」
「あれ、どしたん。眠い?」
「車戻る」
「おばちゃんに言っとこうか」
「絶対やめろ」
「?」
菜の花畑、青い空、白い雲、モンシロチョウ。あとお前。
こんなキレイなものばっかだから、汚い気持ちになるんだ。
俺は悪くない。 (了)