「バカお前!はよ身を守れ!!」
「oh...」
隣の家のよっちゃんは心配性だ。
どれくらい心配性かと言うと、
「えっとね、今オレ、おはよう今日は快晴だね!って挨拶したじゃん?」
「ああ、だから早く身を守れと警告した」
「うん、そこの繋がりが分からん」
「知らんのか!快晴ということは日光を遮るものがほぼ無いんだぞ!光化学スモッグ生成し放題じゃないか!」
「あっふーん」
これくらいである。
マスクに帽子にゴーグルで登校しようとするもんだから、注意報も出てないしスモッグの方は大丈夫だ、それより不審者認定されて職質されるか補導されて遅刻する方がリスクがあるって説得して。
やっと玄関から引っ張り出したよっちゃんの青い顔。
「あんまり遅くまでネットしてたらダメだよ」
「あ、ああ、そうだな。ブルーライトで目をやられて失明しかねないからな」
「うーん」
心配ごとがあるからネットで検索して、関連ワードからさらに検索して……の繰り返し。もう中毒みたいなものだから、無理やり止めさせるのも良くないけど、良くないけど。
「よっちゃんさぁ……うーん」
「なんだ」
「…………空綺麗だよ」
「は?」
「ほら」
新興住宅地を抜けて、町を見下ろす坂の上。
ありきたりだけど、雲ひとつない青空っていいもんだよ。
「ま、まあまあだな」
「まあまあなら、良すぎず悪すぎずで、ちょうどいいでしょ?」
「………………そうかな」
「そうだよ。ほら、がっこ行こ」
「うん」
#快晴
温め鳥、というらしい。
後から知ったけれど。
猛禽類が小鳥を捕まえて、その温もりをカイロがわりに寒い夜を明かすこと。その小鳥のこと。
翌朝小鳥を離した猛禽類は、温め鳥となった小鳥が飛び立った方角へは一日狩りへは行かないなんて、いかにも寓話っぽい言い伝えまである。
どんな強者も恩義は忘れないとか、なんかそんな教訓なんだろう。
そもそも許可なく弱者を都合良く使うなってツッコミはきっと求められてない。
さて、この言葉を知った自分は、なんと小鳥側らしい。
温めたつもりもなければ逃げたつもりもないけれど。
ただまあ、猶予の一日はとっくに過ぎてて猛禽類側がスタートダッシュをかけたっていう噂を耳にしてしまったからには、こちらも全力で応えなくては。
逃げちゃらぁ。
逃げる理由は無い。でももうそこはフィーリングで。
追われれば逃げる。これ必然。
その視線が、爪が、翼が絶対に届かない場所へ。
それで、恩義とやらで我慢した一日を、必ず後悔させる。
そもそも手放したことを、胃の奥から後悔させる。
お互い背中も見えない、足音も聞こえない、二度とその体温を知ることもない、それくらい
#遠くの空へ
#言葉に出来ない
春爛漫とは、春の花が咲き乱れ光あふれ輝くさまのことを言うらしい。
確かに近所の公園も家の庭にも大小の花が芽吹いて、冬の景色から明らかにカラバリが増えている。
風は冷たさがゆるんでるし、肌に届く紫外線も日々攻撃力が上がってるっぽい。
うん、たしかに春爛漫なんだろう。
視覚・触覚的には。
今聴覚に届いているのは、
ローティーン女子グループ特有の超音波おしゃべり
自転車シャーシャーチリンチリン
なんか多分オリンピック影響で始めたのかなっていう集団少年スケボーがコンクリを削るガーガーガタン
田舎でイキってどうする外車とバイクのエンジンブーン
公園に集まる小さなニンゲンの号泣輪唱etc.
身に覚えのある音もあるし、自分はこの先の人生でも絶対出さない音もある。
せっかくだし、自分だけの辞書には春爛漫の欄に「冬は鳴りを潜めていた人の生きてる音が溢れるさま」を付け足そう。
ご近所迷惑な音が聞こえるのも、春だからと思えば何となく許せそう。
……いややっぱうるさいな。
#春爛漫
ずっと見ていた。
誰よりも近い距離で、誰よりも長い時間、ずっと見ていた。
だから、知ってる。
笑っていた。
喜んでいた。
照れていた。
怒っていた。
焦っていた。
泣いていた。
耐えていた。
疲れていた。
だから、仕方ないと思う。
「こういう結果」になったことは、
許せないけど、信じたくないけど、やるせないけど、出来ることなら夢であって欲しいけど。
それでも仕方ないと思う。
ずっと見ていた。
誰よりも近い距離で、誰よりも長い時間、ずっと見ていた。
それなのに。
君が君を傷つけない理由に成れなかった。
こういう、結局自分のことだけしか見てない僕は、
誰よりもずっとずっと長い時間、
君を、君だけを見ていなかったんだ。
#誰よりも、ずっと