「モンシロチョウ」
私は小さい頃、人とは違う何かと出会った。
そのヒトは名を”ヤミノカミ”と言った。
自分を”神のなり損ないだ”と言った。
そして、名前を聞かれて”美月”と答えた。
その頃は深い意味は分からなかったが、”神”ということから”すごい存在”ということだけを思っていた。
その”神のなり損ない”は、私にこう言った。
「お前はいずれ、人の世で生きられなくなるだろう。
人の世にいずらくなったら、こちらに来るといい。」
それから十数年。
高校生となった私は、生きるのに疲れ果てていた。
小さい頃から否定され続け、理不尽に合い、猫を被らなければ”普通”でいられない。人と仲良くなっても、すぐに相手の”裏の顔”が見えて怖い。
辛くて、苦しくて。
死にたくなってしまった。
人の輪の中にいることに”違和感”と”罪悪感”を感じてしまった。
死のうと思ったけど、死ねなかった。
そして、ある日。
小さい頃に会ったヒトのことを思い出した。
そして、森に行くことにした。
その道中、不思議なモンシロチョウが飛んでいた。
私はそれに惹かれるようにして、後を追った。
その先にいたのは、小さい頃に会ったヒトだった。
「よく来たね、美月。
人の世に疲れてしまったんだね。」
そして、ヤミノカミが私の頭を撫で、抱きしめる。
「もう、頑張らなくていい。
気を使う必要も、我慢する必要も無い。
美月が傷つくこともない。
よく頑張ったね。」
そして、私は泣いた。
その間、ヤミノカミは私を抱きしめ、頭を撫でていてくれた。心から安心し、人の腕の中で泣くのはいつぶりだろう。今まで我慢していたものが全て溢れ出た。
そして、私は寝てしまった。
忘れられない、いつまでも・・・。
いつまでも忘れられない嫌な記憶。
嫌な記憶だけが鮮明に心に残っている。
そのせいで楽しい記憶が薄れていくのだ。
嫌な記憶ほど忘れられないものだ。
”時が解決してくれる”
”嫌なことは忘れよう”
時の流れで忘れられてたら、こんなに苦しくない。
ずっと、ずっと残り続ける。
”否定され続けたこと”
”理不尽に怒鳴られたこと”
”理不尽に怒られたこと”
それを忘れられるか?
忘れられていたら、人を信じられないなんてことには至っていなかっただろう。
自分でも分かる、”グレてしまったな”と。
嫌なことを忘れられずに、ため続けて、”あぁ、この人も理不尽に何かしてくるのだろうか”と”この人には裏があるに違いなくて、裏切られたらどうしよう”と心のどこかで思ってしまう。
仲いい子でも、内心どう思われてるのか怖い。
”もし、突然裏切られてしまったら?”
”もし、突然嫌われてしまったら?”
”もし、突然友人関係が崩れてしまったら?”
怖い、怖い、怖い、怖い。
人間関係が崩れるのがいちばん怖いのだ。
そうなれば、”一人になる”し、”避けられる”場合だってあるのだ。それは、”普通じゃなくなる”ということだ。
私はこれ以上”普通”じゃなくなるのが怖いのだ。
1年後か。
何してるだろうか。
もう疲れてしまった。
最近は失敗ばかりしてしまうし、忘れ物も多い。
周りには迷惑をかけてしまう。
それに、何かをする気力も薄れてきた。
常に眠くて、常に疲れてるのだ。
楽しいと思う気持ちも薄れてきた。
とにかく何もかもが面倒で仕方ない。
常に猫かぶっていないと普通でいられなくなる。
笑顔を作って、頼まれ事は断らない。
言われたことは完璧にこなして。
積極的に仕事をして。
認められる努力をする。
だが、褒められたとしても「お前ならもっとできる」と呆れたような余計な一言が着いてくる。
そして、変な期待を持たれる。
どうすればよいのだろうな。
変に期待されても困るし、褒められたいし。
褒められたって素直に受け取れなくなってしまった。
人間不信になってしまった。
はぁ、誰かに思いっきり甘えたい。
甘やかされてみたい。
何もかもに疲れてしまったのだ。
猫かぶって、嫌なことも文句言わずにやって、仕事を積極的に引き受けて、失敗して怒られる。
いつの間にか引き受け過ぎてキャパオーバーなんてこともあるのだ。
どうすれば良いかなど分からぬ。
休むことも出来ないし、自分の悩みを人に話して傷つくことが怖くて言えない。
この世の中はなぜこんなにも生きづらいのだろうか。
生きている意味を見出すことは出来ない。
生きている意味はあるのだろうか。
「初恋の日」
私は今まで恋をしたことがなかった。
人を好きになる気持ちが理解できなかった。
人の嫌な部分ばかり見てきたから。
私は人間そのものが嫌いだ。
”人の本音”が聞こえてしまうから。
だから、何もかもが嫌になって森に入ったんだ。
死にたいと思って、森に入った。
その森で、疲れていた時に見つけた古い神社。
苔むしてして、所々破損している。
何十年放置されてきたのだろうか。
そんな、古い神社。
疲れていた私は、その神社で休むことにした。
神社の縁側のような所に座り、目を瞑る。
いつも人の本音が聞こえ、嫌なことを考えてしまい、ろくに眠ることが出来ないのだ。だが、この森は違う。
周りに人がいないからか、人の本音が聞こえない。
だからだろうか、いつもより落ち着いていて、すぐに眠りにつくことが出来た。
どのくらいだったのだろうか。
よく眠れた気がする。だが、とても眠い。
「起きたかい?」
男の人の声が聞こえる。
本音が聞こえない。
人間じゃない?
眠い。答える気力がない。
「まだ、眠いのかい?寝てていいんだよ。」
あぁ、暖かい。
優しさに触れられたのは、いつぶりだろうか。
優しく見えても、本音は冷めたものばかり。
だから、優しさを感じられずにいたのだ。
人を好きになるって、こんな気持ちなのだろうか。
心地いい。
撫でられている?
私は、また眠りについた。
そして、起きた。
「よく眠れたかい?」
「はい。」
「君はなんでこんなところにいるんだい?
君は人間だろう?」
「疲れたんです。」
「疲れた?人に対してかい?」
「分かるんですか?」
「君は、人の世が嫌になったんだろう?
人の本音が見えたんじゃないのかい?」
「・・・そう、です。」
「だから、逃げてきたのかい?」
「・・・死のうと、思って・・・。」
「そっか。でも、このまま死んでいいのかい?」
「えっと、それは・・・。」
「いきなりの提案で戸惑うかもしれないが、ここで一緒に暮らしてみないかい?ここには、滅多に人間は来ないから、本音が見えて苦しむことも無いだろうからね。」
「・・・いいんですか?」
「もちろん。私の名前はツキカゲという。
この神社に住む妖だ。」
「・・・美月です。」
「これからよろしく。美月。」
「こちらこそ、です。」
「敬語はいらないよ。」
「・・・わかった。」
これが私の初恋、だと思う。
久しぶりに優しくしてくれた相手だから。
この森に来れてよかった。
ツキカゲと会えてよかった。
今は、ツキカゲと二人で穏やかに暮らしている。
あの時、この古い神社に来ていなかったら?
あの時、ツキカゲの提案を断っていたら?
この神社に来て、ツキカゲの提案に乗ってよかった。
これからも穏やかに暮らせればいいな。
「明日世界が終わるなら」か。
どうでもいいと思う。
そんなこと。
そんなこと、と言っていいほど軽いことでもないが。
どうでもいい。
だって、”世界が終わる”ってことは死ぬということだ。
この世界で生きていたって、辛いだけだし、苦しいだけだと思う。
そうだろう?
こんな理不尽な世界。
”平等”だの”公平”だのと言いながら、そんなものないじゃないか。あったとしても、わずかだ。
こんな幸せになるのには”運”が必要な世界。
自分を取り巻く環境を自分で決められないのだ。
全て運だろう?
親がどんな人かも。
先生がどんな人かも。
幼なじみや友人、クラスメイトがどんな人かも。
自分の才能だって、価値観だって、運次第。
親が良くても、先生が悪ければ理不尽に合う。
親や先生が良くても、友人やクラスメイトが悪ければ、いじめに合う。
自分に才能がなければ、他人と、その分野で才のある人と比べられてしまう。
人と、周りと価値観や好きな物が違えば、差別される。
何か一つが常識から外れてしまえば、いじめられる、差別される。こんな世界、あって良いのだろうか。
こんな世界だから平和というものは、誰かの犠牲と我慢で成り立っている。
誰かが誰からの理不尽などにあって、辛い思いをして、苦しい思いをして、でも我慢している。周りの人に分からぬようにしている。必ずそういう人がいる。
場の空気を壊すまいとして、人間関係を壊すまいとして、そっと、我慢している人がいるのだ。
こんな世界、本当にあっていいのだろうか。
私はな、この世界に絶望しているのだ。
この理不尽に。
まぁ、私一人がこんなことを嘆いたところで何も変わりゃしないだろうがね。