古びた階段を登った先の、誰も来ない屋上の隅。
僕の足はなんとなくここへ向かっていて、
その横には君がいつもいてくれている。
この場所に行く理由。
それは、逃げるためだと思う。
教室のざわめきから、
他人の視線から、
「普通」のふりをする自分から。
君の横顔が、光のせいでよく見えない。
「ここにいると、余計なことばかり考えてしまう。」
君がぽつりとこぼしたその言葉に、
僕の心の奥がわずかに軋んだ。
僕は逆だった。
ここに来ると余計なことを考えなくて済む。
居心地がよかったのは、僕だけだった。
そのことに少し寂しさを覚えた。
君はときどき、何か言いかけてやめる。
僕が聞いても「なんでもない」って首を振る。
深くは聞かない。
言いたくないなら、それでいいと思った。
僕は君と並んで、
同じ空を見ていられるこの時間が好きだ。
最初は逃げるためだったこの場所が、
いつしか君と二人でいられる大切な場所になっていた。
君と二人きりのこの時間を、
誰にも渡したくないと思うことがある。
どうしてそんなふうに思うのか、
うまく説明はできないけど。
今はまだ、そのままでいい。
「この場所で」
誰にも渡せなかった花束を持って家に帰った。
水に挿すこともできず、
玄関に置いたまま灯りを消した。
朝になっても、
花はまだきれいだった。
それが、
いちばん悲しかった。
「花束」
どこにも書けないこと
それはこの想い
書いてしまったら
名前がついてしまうから
「どこにも書けないこと」
君の時計は僕を置いて
どんどん進んでいくのに
僕の針は君がいた時間で
ずっと止まったままだ
たくさんの季節が
僕を追い越して、
進めない理由だけが増えていった
それでもいつかは
僕の名前を呼ぶ声が、
風に揺れるまつげが
思い出に変わって
僕の時計の針はまた動き出すのだろう
いつしか別の誰かと笑う僕が
この恋をやさしく思い返せたら
君を好きだったあの頃の僕は
きっとちゃんと進んでいける
「時計の針」
夏なのに、君の吐息が白い
蝉の声も、熱々のアスファルトも、
確かに、夏だった
その中で、君だけが涼しい顔をして立っていた
君の息が白くなるのは一度きりではなかった
でも、僕は何も言わなかった
夏の日差しの強さに言い訳をした
君は汗をかかない
制服のシャツも長袖のままだ
それでも、僕は何も言わなかった
そのまま時間だけが過ぎていった
日が傾いて、蝉の声が遠のき
ひとつだけの足音がやけに大きく響いた
ふいに冷たい風が吹き
あのときの寒さと重なった
その瞬間、
思い出してはいけない記憶が鮮明に蘇った
白い息が当たり前だった朝
僕の名前を呼ぶ声が、途中で途切れたこと
君の息が白い理由なんて、
最初からわかっていたのに
僕は気付かないふりをしていた
ずっと気付かないままでいたかった
急いで後ろを振り返ったが、
そこには白い吐息しか残っていなかった
「白い吐息」