ひなまつり。女子のなんとかを祝う行事だったかなんだか。お赤飯を炊いて、1年間眠っていた雛人形達を飾る。
あーぁ、仲良く並んじゃってさ、羨ましいったらありゃしない。別に学生の身分でパートナーが欲しいなんて出すぎた事は言わないけどさ、こんな仲睦まじい夫婦、誰だって憧れるでしょ?365日24時間ずっと仲良い訳なんてないし、楽しくはないかもしれないけど、それも含めてお互いを選んで幸せになってるんだろうな。
あーぁ、羨ましいわ。
好きな人。今度の好きな人も……また、会えなくなっちゃった。その人の人生の一部にもなれなかった自分はこれっぽっちの人形を目の前にしただけでこんなにも惨めになるものか。何回失敗してもいいけどさ、最後は君たちみたいな幸せな夫婦になりたいわ。
題材「ひなまつり」
希望を持ったとて、夢がなければ生きてはいけまい。
馬鹿みたいに一途に1つだけ追いかけたとして、叶わなかったらお前に何が残る?
自問自答してみた。してみた、はいいものの当然答えが出る事はない。私こそがそんな叶わないだろう1つの希望を切実に願い続けているのだから。
意味なんてあるんだろうか。この時間に価値はあるんだろうか。いろんな考えが頭をよぎった。今すぐには分からない問いをまた1つ、1つ、重ねていく。
希望。それを死んでも追い続ける自信と覚悟はあるか。
答えは、YESだ。
題材「たった1つの希望」
太陽のような存在は、たぶん自分に1番身近で支えになってる存在の事を指していると思った。物理的な身近じゃなくて、自分の中で存在が大きいもの。
私の中で存在が大きいもの。真っ先に浮かぶのは推し、ネッ友、学生時代のお世話になった先生。随分と個性的な組み合わせだろうが、私が日々を生き抜いてきた上で積み重ねられた信頼だとか絆が構成してきた存在だった。
どんな時だって自分の味方でいてくれる推しは人生の光だし、気を負わずに話し合えるネッ友は悩みの多い現代には必要不可欠だし、どんな困難にいようとも教え導いて手を差し伸べてくれる先生は人生経験をする上で参考になるし。そりゃあ、沢山、理由はあるけれど、私の中ではポカポカと照らしてくれてチリチリと密かに燃えている太陽なんだなぁと思っている。
みんなにも太陽のような存在がいるのだろうか。その中に私は入っているのだろうか。誰かを支えるなにかになれているのだろうか。教えて欲しい、私の紡ぐ言葉で誰か一人でも希望を持てているのだろうか。
誰かの大きくて温かな存在になりたい私は太陽の匂いが染み込んだ布団で一文字一文字丁寧に思いを打ち込んだ。
題材「太陽のような」
チャイムが労働の終わりを告げる。放課後になれば生徒達の張り詰めたような緊張感も解け、なんでもなかったようにヤンチャなガキに戻る。コイツらのこういうメリハリがしっかりしてるところは嫌いじゃない。
俺はいつものように進路指導室に戻り、インスタントのコーヒーを流し込む。教員の宿命、ここからが本当のブラック残業。顧問になってる先生以外はぶっ通しで仕事をしなければならない。俺は職員室というあの疲労と闇が詰まりに詰まった淀んだ場所で仕事なんて出来ない。だからこうしてこの広くもなくひと気もない場所を好んで引きこもる。
「失礼します。工藤です。佐藤先生に用事があって来ました」
「おー、入れー」
ノック音とことわりと。そうして入ってきたのは俺の教え子。彼女が入学してから毎日逆プロポーズ三昧でそれはもう騒がしいがすぎていた。
「今日はですね、この部分否定とここの全体否定について聞きたいことがありまして…」
キリっとした目つき。その目の奥で学ぶ事への意欲が静かに燃えている。俺が発する言葉1つ聞き漏らすことなく全てを飲み込んでくる感じ。これは将来化けて出る。密かにそう思ったりもした。ただ、彼女の中身はこんなもんじゃない…
「…っと、こんなもんか。じゃ、気を付けて帰れよー」
「ありがとうございます……せーんせっ!」
「おい工藤…離せ」
「嫌です♡Question!私は好きな人が目の前にいても離せるような強者か?」
「努力次第でどーにかなんだろ」
「ブブ〜Answer!私の愛は努力でどうにかできるような軽いものじゃありませーん♡♡♡んーもうっ!結婚してくださぁい♡♡♡♡♡」
たぶん。たぶんな、工藤のこの真面目さはハッタリだと思うんだ。中身がこんなにポンコツなのは本当に詐欺にあったようなものだと俺は不思議に思っている。
「今日はなんなんだ?呑気にティータイムなんて出来ないからなー?」
「いやいや、今日は折り入ってお願いがありまして」
「お願い?怪しいな、工藤が頼みに来るってそれは…それは…」
絶対にまともじゃない。こんな時に勉強に関するお願いだなんて思ったら大間違いだ。
「来週テストじゃないですか…私頑張るので前払いで可愛がって下さい」
「・・・お帰りください」
「そこをなんとかーッッッ!!!私に生きる希望を!神様仏様佐藤様ー!せんせぇぇぇぇぇぇいっっっ!」
「ったく懲りない奴だよな笑」
そう言って俺は工藤の頭をわしゃわしゃと撫でた。今どきの女子は前髪を気にするらしいが、俺には関係ない。少しくらい髪が崩れた方が、男が工藤を見ることも無くなるだろうしな。
「ハグ、してもいいですか」
「そんな事してる所見られたら俺の首飛ぶわ」
「えへっ、鍵閉めちゃいましたよ…///」
「用意周到な奴め、ほら、来いよ」
ちっさい体が俺を一生懸命に包み込む。毎日一体何を食べたらこんな空気みたいな軽さになるんだよ。なんて考えながら俺は彼女を潰さないように優しく抱きしめた。
「Kiss me」
照れて火照った顔でねだる工藤に逆らうなんて選択肢は思い浮かばなかった。誰も通らないこの部屋で優しく優しくキスをした。
愛おしそうに見つめてから俺の胸に顔をうずめる。その仕草一つ一つがたまらなく可愛らしかった。首筋に残る赤い跡。俺が昨日付けた執着という名の首輪。
「Be mine」
「ん?先生、何か言ったー?」
「あ?調子に乗るなって言ったんだよ」
「えーひどーい笑英語の方が大人っぽく聞こえるでしょー?っどわぁっ!」
無邪気に笑う工藤を、少しだけ強く抱きしめた、とある日の放課後。
題材「Kiss」
目が覚めると嗅ぎなれた大好きな匂いで満たされた薄暗い部屋にいることに気付いた。
「……ったた…なんか体がおもーiッッッッ!!?」
「んー、起きてんのか、工藤」
目の前に大好きな佐藤先生。ガードがゆるゆるな佐藤先生。そして、たぶん見覚えのないこの部屋の所有者は佐藤先生。まだ覚めない頭が必死に働くが思考回路は無論、封鎖されたままだった。
「え……あれ、、、え、、、先生?」
「なーんかまた難しい事考えてんだろー?大人しく寝とけ」
そうして抱きしめられるまま、私はまた深い眠りに落ちた。
2度目の起床はすっかり日が昇っていて、その頃にはもう自分がどうしてこんな状況に置かれているのかも大体把握していた。完っ全に、私が訳の分からん我儘を言ったせいでこんな…こんな……こんな…///
それからは無心で台所を借り、朝食を作った。昨日の自分の至らなさといい、未熟さといい、とにかく全てに反省しながら、そして好きな人の家に存在しているという幸せを噛み締めながらッッッ準備を終えた。
「はよ、工藤。おーご飯…うまそ」
「おはよーございます、先生。先に顔洗ってからにしてくださいねー?」
寝起きのこの無防備さ…好きッ!なんなのこの…ん?上裸……?私が起床時に服を着ていたかどうかはご想像にお任せして、とにかくこの朝イチの先生の、き、筋肉は眼福であった。先生は私が部屋にいる事も昨日の事も特に何も考えていない様子で私もついでに忘れる事にした、一時的に。もうここまできたならば、この部屋にいる時間くらい彼女面したって良いじゃないか。私がこの時間を独り占めしてやる。
「んーなんかいい匂いする」
私が身なりを整えている時の話だった。
「あ、これですか?勿忘草の香水みたいなモノですよーって近い近いっ!」
「へー勿忘草ねー。聞いた事はあるわ、マジでいい匂い。花言葉?とか気にしたりすんの?」
「あーあるみたいですよね…検索しましょーか」
「どー?なんて?」
先生が顔をすり寄せてスマホを覗き込む。
「私を忘れないで、真実の愛とかですって。先生見てー、この由来可哀想」
ドナウ川で恋人のために花を摘もうとして溺れた男が消えるまで恋人への愛を叫んだ事が由来らしかった。
健気で純粋ですごくロマンチックだと思った。
「へーなんか切ないな、それ。でも、その男、恋人の事死ぬほど好きだったんだろーな」
「そこまで愛してもらえるなんて羨ましいですねー…私の事忘れないでねーって事で先生にもふりかけちゃう、えいっ」
「うわっ、何すんだよ笑ってかなんだよ、その理由笑俺が工藤の事忘れるわけないだろ?」
「わかんないじゃないですかー!心変わりしないようにおまじないです!」
「ん?工藤は俺と結婚するんだろ?毎日プロポーズしにくる奴を忘れられる猛者はいないだろ笑」
「…へっ先生!?って事はプロポーズの返事は…!」
「あーめんどいめんどい、その時考えるわー」
その時、首筋に柔らかい感触と一瞬の鋭い痛みが走った。
「まーでも俺も工藤取られないように予約しといた」
「先生…なんか今日、めっちゃおかしいよ?甘くない?メロくない?なんなnーーッッッ!!?」
優しくてあたたかいキスだった。大切にされてるって私でもわかるくらいに甘い甘いキスだった。
「今くらい彼女面しとけよなー?1週間喋れなかっただけで昨日みたいに甘えモードになるんだろ?」
「やっぱり昨日の事無しにしてくれません?先生、お願いしますー!」
昨日過ごした甘い時間も今日一緒に過ごす大切な時間も、歳をとってもきっと忘れない。この匂いがまた記憶を紡いでくれるから。
題材「勿忘草(わすれなぐさ)」