今回も駄目だった
せっかく久しぶりに活きのいい人に出会えたのに
貴方も喜んでいたじゃない
美味しいご馳走、一流の踊り
働かなくていいのよ
何が不満だったの
私たちだっていい感じだったじゃない
結局陸がいいのね
悔しい
悔しいからお土産に渡した玉手箱
貴方はどうするかしら
あぁ、また亀を陸にやって
めぼしい男を勧誘してもらわなきゃ
『失恋』
毎年行われる近所の祭。夕方に散歩がてら何気なしに冷やかして見ていたら、他の出店より端っこでポツンとその店はあった。
歩行者も多く、それなりに賑わいのある通りのはずだが、その店の周りだけ人は閑散としているようにみえた。
「いらっしゃい、よかったら見ていってね」
老人のような、少女のような、よく分からない女がそう言った。
だが置いてある品は店主の女以上によくわからないものが多かった。
祭の出店に置いてある品など、もともとガラクタばかりなのでおかしくもないが。
「クジもあるよ。一回400円」
なるほど祭らしい。
では一回。
店主が差し出した箱に手を入れ、中にある紙を一枚引き出す。
「はい、4等ね」
紙を確認した店主が次に景品を渡す。
途端に手のひらのヌルッとした感触に驚く。
よくよく見ればナメクジだった。いや、ナメクジの玩具か。手触りといいサイズといい非常に精巧に出来ている。
「これからの季節にいいものだね、毎度あり」
聞けばこのナメクジ、どうやら傘の柄に付ければ、傘を盗まれる心配がなくなるとか。
確かにこんなのが付いていたら皆ぎょっとして、よくあるビニール傘でも間違えることはなさそうだ。
久々にくだらない買い物をしたと、小学生が喜びそうな品をポッケに押し込み再びぶらぶら歩きだす。
翌朝、洗濯を干す母の絶叫を聞くまで、ソイツの存在を忘れ祭を堪能したのだった。
『梅雨』
見て、パレードが来たよ!
わぁ、お姫様綺麗だなぁ
あんなに可愛くて儚い子が家族に虐められてたなんて
王子様に救い出して貰えて良かったね
............
やっとだわ!
漸くここまでたどり着けた
この日を迎えるまで私は本当に頑張ったわ
まともな教育を受けられない環境の中で得たマナーや美しいダンス
大勢の中から見つけられるほどの輝く美貌とスタイルを磨く努力と女子力
何より見た目だけとは思わせないようなウィットに飛んだコミュ力
その他大勢と同時スタートなんてナンセンスよ
私は最適な環境とタイミングで私自身をプレゼンしたかった
その為に継母や義姉たちとの距離感も難しかったわ
いい人たちではなかったけど、本当はそこまで悪い人たちでもなかったから
でも普通の生活ではきっと魔女の助けは得られなかったから仕方がなかった
彼女のプロデュース力の噂は聞いていたから、絶対に向こうから来て貰う必要があったの
おかげでガラスの靴も、門限12時っていう縛りも
大成功だったわ!
やっぱり世の中情報と作戦が全てよね
『無垢』
「はいはい、ごめんね」
「はい は一回
ごめん は百回言って」
「はい…」
『「ごめんね」』
伊達くんはミニマリストだ
伊達くんとは大学で知り合った。同じ講義をとっているようで、学内では自然と行動を共にすることが多くなった。
伊達くんはパッと見る限り普通の男子大学生だ。
ただ、いつも同じ服を着ていた。聞けば上下同じ服を数枚持っているらしい。制服代わりだよと笑って答えた。
どうやら物が増える事を苦手としており、日常生活も極力最小限のアイテムでやりくりしてるようで、洗濯機も置いていないという。
確かに彼の制服は白いシャツと黒のパンツという、カフェ店員のようなシンプルさなので、洗濯板一枚で事足りそうだ。
そんな伊達くんは何かを貰うということも困るようで、飲み物を買うと付いてくるフィギュアやキーホルダーなども恐れている。誕生日プレゼントやお土産などは消え物が良さそうだ。
そんな学生生活も慣れてきた5月の終盤、
伊達くんは半袖のシャツで来た。
さすがに夏服はあるんだね、と言ったら伊達くんは首を振った。
なんといつも来ていた長袖シャツの袖を切ったと言う。
そうすれば夏の間冬物の服を置いておかなくてもいいし、夏が終われば丁度買い替え時となり、廃棄してまた新たな白シャツを購入するらしい。
ミニマリストとは皆このような思考を持っているものなのだろうか。
世の中には色んな人がいるなぁ、と伊達くんの綺麗にまつられた半袖をぼくは眺めた。
しかし本当に綺麗に縫われている。ミシンなんて置いていないだろうから、きっと手縫いだ。
ぼくは、伊達くんが何も無い殺風景な部屋で、シャツの袖をチクチク縫っている所を想像してしまった。
それは何だかとっても切なくて、ぼくは伊達くんに消えない物を贈りたくなってしまった。
伊達くんは嫌がるだろうけど。
『半袖』