ミミッキュ

Open App
5/20/2024, 1:08:24 PM

"理想のあなた"

 理想なんて無い。
 今のままで十分。
 ただ強いて言うんなら、もう少し体力が欲しい。
 いつも、いつの間にか寝てるから。

5/19/2024, 1:56:07 PM

"突然の別れ"

「もう、会えない」
 夕日が地平線の向こうへ消えようとしていて、東の空には一番星が瞬いている。雲が無い為、とても鮮やかな茜色と夜闇のコントラストが空に描かれている。
 そんな美しい空の下、突然告げられた。
 講義が終わり帰宅しようと身支度を整え、スマホの電源をつけると一件のメッセージを受信していた。
【話したい事があるから、職員玄関に来て欲しい】
 メッセージが送られて来たのは七分程前。スマホを鞄に仕舞い、荷物を持つと早足で大学を出て指定された場所へと向かう。
 メッセージの送り主──花家先生は『天才放射線科医』と呼ばれ始めてもう久しい。
 出会って何度か教えを乞ううちに、この人は天才だと思っていた。視野が常に広く頭の回転も早いから頭に入ってこず、もう一度ゆっくり解説してもらった事が何度もある。
 分野は違うが、要点の絞り方や見方などといった実践的な事を丁寧に教えてくれる。分野が違う為流石に大まかな事だが、大切な事だと何となく感じて、その都度メモしている。
 メモする度に「分野違うんだから全部覚えようとしなくていい」と苦笑されるが、俺の為にと教えてくれた事は全て覚えていたい。
 そうしてメモを取っているうちに、メモ帳がもうじき二つ目になろうとしている。
 花家先生は、人間としても素晴らしい人だ。彼は無償の優しさを振り撒く。危なっかしいと思う所は多々あるが、慈悲深さはまるで天の使いのよう。
 真面目で『天才』と呼ばれても邁進すること無く知識のアップデートを怠らず、「俺はまだまだだ」と謙虚な姿勢を全く崩さない。
 そして、花家先生から電話をかけてくる事は無く、メッセージで送られてくる。
 だが、花家先生自身から送られてくる事は一日の内に大体夕方頃、大学が終わる時間帯のみ。メッセージなど送信する時間を気にする必要は無いというのに、気配り上手だ。
 『話したい事』とは、つまり直接会って話したい程緊急性のある事だと思われる。これまで「急な仕事が入った」と直接報告される事はあったが、こんな風に事前に直接会って話したいとメッセージで伝えられたのは初めてだ。
 少しざわざわとする心を抱えたまま外に出ると、直ぐ病院の職員玄関に向かった。
 目的の場所が視界に写ると、職員玄関の横で外壁に寄りかかっている花家先生の姿が見えた。
「花家先生」
 呼びかけると俯かせていた顔を上げ、大きな目で俺の姿を捉えて「おう」と片手を上げた。
 違和感を覚えた。声が酷く掠れている。
 よく見ると、肌が青白く頬が引き攣っていて目が赤い。
 まるで昨日とは別人だった。驚きのあまり声が出ず立ち尽くしていると、花家先生がゆっくり口を開いた。一瞬躊躇うように動きが止まり閉じられるが、唇を引き伸ばし口を再び開いて、言葉を発した。
「もう、会えない」

 掠れた声で、切羽詰まったような声色で、突然告げられた。
 何を言われているのか分からず、唇の隙間から「え」と蚊の鳴くような声が漏れ出た。
「詳しくは言えない……ごめん……。けど、今よりもっと会う時間がなくなる。連絡も、難しくなる」
「『忙しくなるから会えない』という事なら、俺は全く気にしません。連絡も──」
 俺の言葉を遮るように首を横に振り、再び口を開いた。
「そうまでして俺と繋がっている理由は無いだろ。俺が所属している科と、お前が目指している科は、全然違うんだから、教える事なんて皆無に等しかったんだよ。なんで引き受けたのか自分でも分からないけど。けど、もうこれ以上は、意味が無い」
 『意味が無い』。いつか言われると思っていたが、いざハッキリと言われると、心がズキリと痛む。
 出会った時の事を思い出す。あの時の事は、昨日の事のようにハッキリと覚えている。
 目の前でハンカチが落ち、拾ってすぐさま落とし主である白衣姿の先生の背中に声をかけた。ゆっくり振り向いて、不思議そうな顔を浮かべる目の前の白衣の人物に、同性だというのに、心を射抜かれた。
 大きく綺麗な目。真っ直ぐ通る綺麗な鼻筋。白く滑らかな肌。美しく光を反射する艶やかな黒髪。そして、綺麗な声。
 同性に恋をした瞬間だった。
 親父経由で実は互いの存在を知っていたという事実に、鏡写しのように頭を抑えた構図のシュールさに、思い出す度少し笑みが零れる。
 そして言葉を交わすと想像通りの人で、同時に想像以上の優しさを持った人で、この人の事をもっと知りたいと、繋がりを持った。断られると思っていたが、俺の我儘を快く引き受けてくれて嬉しかった。
 それから勉強を見てもらったり、時々一緒に買い物に行ったり何処かへ出かけたりとしていく内に、より惹かれていった。
 いつか伝えよう。せめて卒業式後に伝えよう、と心に決めていた。最高学年になるどころか、学年が一つ上がる前に『もう会えない』と言われ、理由を聞いて反論しても無駄で、それ以上何も言えなくなった。
 優しいこの人の事だ。相当な覚悟で下した決断のはず。その決断を尊重すべきだ。
 小さく頷いて、ずっと閉ざしていた口を開いた。
「分かった。貴方が考え、選んだ事に異論も何も無い」
「……ありがとう」
 そう礼を言う顔がとても痛々しく、つられて顔を歪ませる。
「ただ、今生の別れにはしたくないです。俺が卒業して外科医になって、いつか貴方と同じ場所に、隣に立ちに行きます」
 そう言葉を続けると、目を見開いて顔を伏せ「うん」と頷いた。その声はどこか震えているように聞こえた。
 数秒後顔を上げて「ありがとう」と、いつもの微笑みを見せてくれた。
「……それじゃあ、行くね」
 そう言って身を翻し、職員玄関の中へ向かう。するとこちらへ振り向いて
「またいつか」
「うん、またね」
 そう言葉を交わすと、身を翻して建物の中に消えていく背中を見送り、帰路に着いた。
 再び会うのは数年後。だがその数年後に再び会えるかどうか保証は無い。それでも、今生の別れにしたくない。そんな思いでの宣言。
 そして、密かに抱いていた恋心に自身の手で幕を降ろした。
 次は医師同士として、尊敬する医師の一人に純粋な思いで会う為に。

5/18/2024, 1:06:52 PM

"恋物語"

 医者になったばかりで、まだ《天才》とは呼ばれていない頃。
「あの」
 病院のロビーで、後ろから不意に声をかけられた。
 普通なら驚いて身を固くしているのにその逆で、『なんて落ち着く低音だろう』と何故か穏やかな気持ちになった。
「はい」
 声の主は誰だろう、そう思いながらゆっくり振り向いた。
 持ち物や声色的に高校生か大学生くらいだろう。しっかりとした目鼻立ちで、黙って立っていれば大人に間違えられそうな端正な顔つきをしている。
 一瞬時が止まったかのように、どきり、と胸が鳴る。
「これ、貴方のポケットから落ちました」
 そう言って、丁寧に折り畳まれたハンカチを差し出した。
──本当に落ち着く低音だなぁ。テンポも早すぎず遅すぎずで心地良い。
 思わず聞き惚れてしまうが、顔を見て不思議に思う。
 会ったことは無いはずだけど、何故だろう、この人を知っている気がする。
 こんなに綺麗な顔をしている人に一度でも会っていたら、たとえ他人に興味が無くても忘れられるはずがない。何処かですれ違いざまに見かけたのだろうか。なら一体何処で……。
「俺の顔に何か着いてますか?」
 おずおずと声をかけられ、我に返り「えっ」と驚きの声が小さく漏れる。
「はっはい、俺のです。拾ってくださってありがとうございますっ」
 慌てて差し出されたハンカチを見て、自身の物だと認識し、慌てて答えて礼を言う。「いえ」と少し気圧されたような声が帰ってくる。
「ごめんなさい。人の顔をじろじろと……。えっと、何処かで、お会いしていませんでしたか?」
 謝罪しながらハンカチを受け取り、直球に聞いてみる。
「会った事はありませんが……。恐らく、父では」
「え?『父』……?」
 そこで、頭の中で何かが弾ける音がした。
 そういえば以前、院長に会った時『息子』の話をしていた。確か年齢は、目の前の少年と同い年くらい。
 言われてみれば、どことなく院長の面影を感じる。何処かで会った気がして当然だ。
「君が、院長の息子さん?」
「その口ぶりは……また人の話をしたのか……」
 片手で頭を抑えながら呟いた。この言い方をするということは、常習犯らしい。
「ということは、新入生ですか?」
「はい。貴方の後輩、という事になりますね」
「え、俺が卒業生だって知っているんですか?」
「はい。父が『凄い逸材が来た』って言ってました」
──あの人……。
 どうやら、お互いの存在を院長経由で知っていたらしい。
「すみません……父が……」
「いえ……」
 沢山の人が往来する病院のロビーで頭を抑える医師と学生、というなんともシュールな構図ができてしまった。
 数秒の沈黙の後、「あの」と声をかけられ「はい」顔を上げる。
「まだ入学して間もなく、大学での生活やルールがいまいちよく分からないので、卒業生である花家先生から大学の事教わりたいので……」
「え、俺が……?」
「実際に通って学んでいた卒業生から聞いた方が理解しやすいかと思ったので……。あと、できれば勉強も見て貰えませんか?」
「別に構いません、けど……目指している科があるって……」
 その科は確か『外科』だ。細かくは決まっていないが、揃えている参考書等を見るに外科の道を行くのは確実だと聞いた。対して俺が身を置いているのは放射線科。大意は『内科』だ。正反対すぎる。
 いえ、と首を横に振りながら言葉を続ける。
「流石に細かな事までは聞きません。要点や、抑えとくべき点を教えて欲しいんです」
 確かに最初の頃は知らない単語の羅列で、何処をどう見ればいいか分からない。それくらいなら、科が違くても教えられそうだ。
「分かりました、引き受けます。不束者ですが」
「お願いします」
 そう言うと隅に移動して、メモ帳とペンを取り出して何かを書きだした。ペン先を収納してペンを仕舞うと、メモ帳の一番上の紙を破り取ってこちらに戻って破り取ったばかりのメモ用紙を差し出した。
「俺の連絡先です」
 そこにはチャットの個人番号と同じ羅列の番号がボールペンで綺麗な字で書かれていた。受け取ると二つ折りにして胸ポケットに仕舞う。
「ありがとうございます。夜中になると思いますが、登録したら直ぐにメッセージを送ります」
「はい。……あと、敬語はいりません。先輩と後輩ですから」
 先輩、と言葉を発した時にこちらに手を差し出される。
──先輩……。
 まさか卒業してからも『先輩』と呼ばれるとは思っていなかった。『先輩』と言われるのは何度でも嬉しい。自身の顔が緩んでいくのを感じ、頬を小さく叩いて引き締める。
「わ、分かっ、た。……じ、じゃあ……後で連絡、する、からっ」
 そう言って片手を上げると、向こうも片手を上げて「はい、待ってます」と答えて身を翻し、病院の正面玄関をくぐって外へと消えていった。

 この時、まさか数年の時を経て恋仲になるとは、思いもしなかった。
 ここから恋に発展するとか、今考えても考えづらい。
 向こうはこの時俺に一目惚れしたらしいが。
 飛彩は気付いていないだろうが、この時拾ってくれたハンカチを大切な思い出として、今も大切に持っている。

5/17/2024, 12:10:08 PM

"真夜中"

「みゃあ」
「なんだ?」
「みゃあー」
「『構え』ってか。はいはい」
 明日の準備をする手を止め、ハナを抱き上げて頭や顎を撫でる。
 就寝準備が済んでいくと鳴き声が多くなり、俺がハナを見ると長く鳴く。午前零時の数分前から、まるで『寝たくない!』とごねる子どものような感じで何度も俺を呼んで、何度も構ってアピールをする。
 煩わしく思うが、平日の日中や土曜午前は居室に箱詰めにしている為こういう、自由に中を徘徊できる時間に少しでも多く構ってあげたくなる。
 それに俺としてもハナに構っていると癒されるから、win-winだ。
「みゃああああああ」
 撫でていると、時々クラッキングしながら鳴く事がある。
 最初は混乱したが『喉鳴ってるし嫌がっている訳ではなさそう』となり、以来深く気にする事は止めている。
「本当になんなんだ?その鳴き方」
 クス、と笑いながら言葉を零す。
 実はこの鳴き声を聞くのが癖になっていたりする。
「はい、終わり」
 そう言ってハナを下ろすと名残惜しそうに「みゃあ」と鳴いた。
「後でまた構ってやるから」
 そう言って背を向けて、明日の準備を再開した。
──猫じゃらしで遊ぶ時間増やすか……。

5/16/2024, 1:14:52 PM

"愛があれば何でもできる?"

 どんな難関でも、まぁできる。というか無くてもやる。頼まれたら尚更。
 けど『何でも』ではない。
 ホラーだけは嫌。絶対やだ。頼まれたってやりたくない。
 積まれたって無理。無理なもんは無理。
 ホラー映画観ようって言われても、ホラーゲームやろうって言われても、いやだ。怪談聞くとかお化け屋敷行くとかも嫌だ。心霊スポット行こうなんてもっと嫌だ。
 そりゃあ、少しでも長く一緒にいたいけど。そんなの嫌な思い出にしかならない。
 けど、首を縦に振らなきゃ、やらなきゃ危害が加えられるんなら、覚悟を決めてやるしかない。
 俺のせいで傷付くのも嫌だ。
 歯を食いしばってやってやる。
 まぁ、そんな事そうそう起きないだろうけど。

Next