ミミッキュ

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1/1/2024, 11:41:35 AM

"新年"

 帰ってきてから二時間程寝て再び耳あてと手袋を身につけてハナと外に出て、目的の場所へと歩いている。首元から顔を出すハナは、まだ日が昇らない外に興味津々な様子ででキョロキョロしながら、ジャンパーの中が暖かいのか喉を鳴らしている。
 朝日が見えやすい河川敷に到着する。もう人がちらほらといるが、俺はそれを横目にもう少し歩いていく。目的の場所は河川敷だが、本当の目的の場所は河川敷に入る道から、もう少し歩いた所。
「……良かった」
 目的の場所に到着した。同じ川だが、先程の場所より川幅が狭く、川の端と端を繋ぐ橋の傍には俺以外の人影が一つも無い。
 確かにあの場所も日の出がよく見えるが、この川の向こうは一軒家が多い住宅街の為、高い建物が少なく見晴らしが良い上に高架下で悪天候の時は橋の下に避難して雨宿りができる。言わばここは、俺の穴場スポットだ。
「みぃ」
 スマホを取り出して、画面に時刻を表示させる。
「……もうすぐか」
 スマホをポケットに仕舞う。吐いた息が白い霧のように目の前で霧散する。うぅ……、と寒さに身を縮こまらせると、視界の端にわずかな光が映った。顔を上げて光が映った方向に視線を向ける。
「おっ」
 日が昇り始めた。光の正体は太陽の光だった。眩しさに目を細める。じわじわと地平線の向こうから昇ってくる。
「みゃあん」
 初日の出にハナが一声鳴く。手袋越しにハナの頭を撫でる。
──今年も良い一年になりますように。
 そう心の中で呟いて、太陽が昇りきるのを見守る。
「……そんじゃ、帰んぞ」
「みゃん」
 ハナの鳴き声を聞いて身を翻すと、若干早足気味に帰路に着いた。

12/31/2023, 12:54:58 PM

"良いお年を"

 何となしにメッセージアプリを開き、個人チャットの欄を出して一番上の《飛彩》をタップしてチャット画面を開き、メッセージを打って送信する。
〖今日は夜勤か?〗
 頭に浮かんだ言葉をそのまま打つ。
 打ったメッセージが『ポコン』という音と共に表示される。それを見て、送った事を少し後悔する。
 向こうは仕事中だ。スマホを持っているかどうか分からない。持っていたとしても、電源を切っている可能性が高い。メッセージに既読が付いたとしても、日付けが変わる前に来るかも分からない。そもそも送った事が迷惑ではなかろうか。
 ぐるぐると思考が巡るが送ってしまったものは仕方がないと割り切り、それでも送ったメッセージを消すのもなんだか躊躇われたのでそのまま画面を閉じてポケットの中に仕舞い、準備を再開する。
 ポコン
 五分程準備に勤しんでいると、スマホからメッセージの送受信音が鳴る。勿論俺ではない。スマホを取って通知欄からメッセージを見る。
【夜勤ではないが、病院を出るのがギリギリになりそうだ】
──メッセージを送ってくるという事は、今は休憩中だろうか?
 なんだか嬉しくて、返しのメッセージを送る。
〖そうか〗
〖けど「気付いたら年越してた」って事はなくて良かったじゃねぇか〗
 メッセージを送ると、少ししてメッセージが送られてくる。
【それもそうだな】
【貴方はもう終わったのか?】
 こちらを案ずる言葉が来る。他人を案ずる言葉をかけられる程の余裕があるようで、しっかりした休養が取れているのを感じて安心する。
〖一応終わってるけど、明日の準備がいつも以上にかかってる〗
〖特に飾り付け〗
 少し愚痴を漏らしてしまった。けれど、リアルタイムでメッセージのやり取りをしているのが嬉しくもあり楽しくもあって、言葉が湯水のように湧き出てくる。それでも、恋人との会話の中に個人的な愚痴を漏らしてしまい罪悪感を感じる。
【その言葉の感じからして、まだ終わっていないのか】
【今からでも無理を言って手伝いに行く】
 そんなメッセージが送られてくる。
〖いや、いいって〗
〖気持ちだけ貰っとく〗
 ぎこちない指の動きでお礼のメッセージを送る。
〖ありがと〗
「……はぁーっ」
 慣れない言葉を使って精神的な疲れが出たせいか、大きめの溜め息を吐く。
──キャラじゃない言葉なんて使うもんじゃねぇ……。
【分かった】
【もうすぐ休憩が終わるからそろそろ行く】
 気疲れに下を向いている間に返事が来た。変に拾う事も食い下がる事もせずに。
──良かった……。
〖もうそんな時間か〗
 《頑張れよ》と打ったが、すぐに消して別の言葉を打って送信する。
〖ぱにゃにゃんだー〗
 前に教わった──使う機会がない──言葉を思い出し、その言葉を送る。
【ぱにゃにゃん】
【貴方も、ぱにゃにゃんだー】
 応援の言葉を送られた。
〖ぱにゃにゃん〗
──成人男性の個人メッセのやり取りとして、ちょっと恥ずかしいな……。
 そう思いながら画面を閉じようとする。
【良いお年を】
 最後に年末らしいメッセージが送られてきた。こちらも同じ言葉を送る。
〖良いお年を〗
 画面を閉じて、スマホをポケットの中に仕舞う。
「んっ……」
 両腕を天井に向かって伸ばし、身体中の筋肉を解す。
「もうひと踏ん張りすっか」
 自分を鼓舞し、準備を早く終わらせようと駆け足で再開した。

12/30/2023, 12:35:54 PM

"一年間を振り返る"

 今年を振り返ると、色々あった。
 寝る前の読書の為にルームランプを買ったり、気分転換に行った向日葵畑の売店で向日葵の香りの香水を買ったり、あとプラネタリウムに行ったり、あの時計塔に行ったり、お洒落なカフェに行ったりした。
 あと、二人でお祭りとか水族館とか、花畑とかにも行った。
 別に、デートじゃねぇから。『気分転換しよう』と思ったタイミングが一緒だったからってだけで。付き合ってるからって、顔合わせる頻度は以前と変わらないし。
 クリスマスの夜のは……特例だし。
 あと、一番大きいのは、ハナを迎え入れた事。
 最初は里親に出す気満々だったのに、世話をしていく内に温もりや──認めたくないが──可愛さに毒されて離れ難くなって……。今ではすっかり、うちのマスコット的存在だ。
 勿論業務中はずっと居室に入れているので、患者達は知らない。
 俺以外にハナの存在を知るのは、時折うちに来るあいつらだけ。あいつらは来る度にハナと遊んで、ハナはその度に遊び疲れて、ぐっすり昼寝する。一日三食の習慣が崩れると怒っても無駄で、もう諦めている。
 本当、色々あったな……。
 来年も無事に過ごせるといいな……。

12/29/2023, 1:40:38 PM

"みかん"

 今日、開院直前に近所のおばさんから蜜柑を──両手でギリギリ抱えられる程──たくさん貰った。
 生鮮食品を沢山……一人で消費するのは大変だ。
 一先ず、昼休憩に昼食の代わりに二つ食べた。結構上等なもので、一房食べる度に酸っぱさが少なく、甘い果汁が口いっぱい弾けて美味しかった。『良いものを貰った』と嬉しい反面、『こんだけ良いものなら、立てた計画以上にハイペースで消費しないと腐らせてしまう』という焦りが押し寄せてきた。
 これは朝昼晩、二つは食べなくては……。胃の許容量がそんなに多くないから、結構しんどいぞ……。
 それに昼休憩の時、ハナの様子を見に居室に行ったら、あからさまに逃げられて軽くショックを受けた。調べたら、猫は柑橘系の匂いが嫌いらしい。避けられたのは、蜜柑の匂いが体に付いていたのが原因だったと知って、ほっとした。
 けど……じゃあ、暫くはハナに逃げられ続けるって事か……?毎日蜜柑を食って、毎日蜜柑の匂いを付け続けたら、それが原因で、遂には嫌われちまうのか……?
 それは嫌だ……。
 どうしよう……。

12/28/2023, 1:17:13 PM

"冬休み"

 今日の日中、何度か遠くから子どもの声が聞こえてきた。
 平日なのに変だなと思ったが、そういえば俺が学生の時の今頃は冬休みだった。調べてみると、今年はクリスマスの次の日から始まっていたらしい。
 別の意味で大変な時期だな。
 はぁ……。

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