ミミッキュ

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"良いお年を"

 何となしにメッセージアプリを開き、個人チャットの欄を出して一番上の《飛彩》をタップしてチャット画面を開き、メッセージを打って送信する。
〖今日は夜勤か?〗
 頭に浮かんだ言葉をそのまま打つ。
 打ったメッセージが『ポコン』という音と共に表示される。それを見て、送った事を少し後悔する。
 向こうは仕事中だ。スマホを持っているかどうか分からない。持っていたとしても、電源を切っている可能性が高い。メッセージに既読が付いたとしても、日付けが変わる前に来るかも分からない。そもそも送った事が迷惑ではなかろうか。
 ぐるぐると思考が巡るが送ってしまったものは仕方がないと割り切り、それでも送ったメッセージを消すのもなんだか躊躇われたのでそのまま画面を閉じてポケットの中に仕舞い、準備を再開する。
 ポコン
 五分程準備に勤しんでいると、スマホからメッセージの送受信音が鳴る。勿論俺ではない。スマホを取って通知欄からメッセージを見る。
【夜勤ではないが、病院を出るのがギリギリになりそうだ】
──メッセージを送ってくるという事は、今は休憩中だろうか?
 なんだか嬉しくて、返しのメッセージを送る。
〖そうか〗
〖けど「気付いたら年越してた」って事はなくて良かったじゃねぇか〗
 メッセージを送ると、少ししてメッセージが送られてくる。
【それもそうだな】
【貴方はもう終わったのか?】
 こちらを案ずる言葉が来る。他人を案ずる言葉をかけられる程の余裕があるようで、しっかりした休養が取れているのを感じて安心する。
〖一応終わってるけど、明日の準備がいつも以上にかかってる〗
〖特に飾り付け〗
 少し愚痴を漏らしてしまった。けれど、リアルタイムでメッセージのやり取りをしているのが嬉しくもあり楽しくもあって、言葉が湯水のように湧き出てくる。それでも、恋人との会話の中に個人的な愚痴を漏らしてしまい罪悪感を感じる。
【その言葉の感じからして、まだ終わっていないのか】
【今からでも無理を言って手伝いに行く】
 そんなメッセージが送られてくる。
〖いや、いいって〗
〖気持ちだけ貰っとく〗
 ぎこちない指の動きでお礼のメッセージを送る。
〖ありがと〗
「……はぁーっ」
 慣れない言葉を使って精神的な疲れが出たせいか、大きめの溜め息を吐く。
──キャラじゃない言葉なんて使うもんじゃねぇ……。
【分かった】
【もうすぐ休憩が終わるからそろそろ行く】
 気疲れに下を向いている間に返事が来た。変に拾う事も食い下がる事もせずに。
──良かった……。
〖もうそんな時間か〗
 《頑張れよ》と打ったが、すぐに消して別の言葉を打って送信する。
〖ぱにゃにゃんだー〗
 前に教わった──使う機会がない──言葉を思い出し、その言葉を送る。
【ぱにゃにゃん】
【貴方も、ぱにゃにゃんだー】
 応援の言葉を送られた。
〖ぱにゃにゃん〗
──成人男性の個人メッセのやり取りとして、ちょっと恥ずかしいな……。
 そう思いながら画面を閉じようとする。
【良いお年を】
 最後に年末らしいメッセージが送られてきた。こちらも同じ言葉を送る。
〖良いお年を〗
 画面を閉じて、スマホをポケットの中に仕舞う。
「んっ……」
 両腕を天井に向かって伸ばし、身体中の筋肉を解す。
「もうひと踏ん張りすっか」
 自分を鼓舞し、準備を早く終わらせようと駆け足で再開した。

12/31/2023, 12:54:58 PM