ぺんぎん

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2/23/2023, 3:21:11 AM

クーラーの効かない部屋はまったく役立たず、そのうえ図書館も休み、ならあそこだ、と閃いてそれから、ぱたぱたとサンダルの紐が裸足に直接擦れるのを少しうっとうしく思いながらも、わたしは駆け出した。重たく錆びたドアは、締め切っていると掛け看板で謳っていても、ガードはゆるゆるで、私を手招きしているようにしか思えなかった。案の定、ぐいと両手で押しただけで開いてしまった。その勢いでサンダルを脱いだ。誰も立ち寄らないからだろうか、殆ど整備されていないそこは、フェンスの周りに草がわやわやと盛り上がっていて、その中央にオアシスみたいに水の張られたプールがあるので、ちいさなジャングルみたいだった。

夏休み最中のプールサイドはやけに乾いていて熱い。わたしはそれを鉄板だとかなんとか言っている。だから先にホースで水をたくさんばらまいて、ばちゃんと周りに落としていって、広がるのを待つ。お決まりの儀式だ。その間だって熱いは熱いので脚をじたばたさせながら、ホースを蛇みたいにうねらせる。そうしてゆっくりと道を拓いていって、ようやく人が座れるほどのスペースをみつけ、人肌程度の温度になったのを確認し、ゆっくりと腰を落とす。ゆらりと陽を吸い込む水は、顔を洗うために使うものより、いつも以上に大きく、きれいにみえる。ぴちぴちと、水面に脚を食べてもらうと、心地よい冷たさと気持ちよさが踵から心臓あたりまでを満たしてくれた。ぱたた、とわたしのジャングルになにかが忍び寄る音がする。ぎいと扉が開く音にうっすらと身構える。
「ああっ、先客がいたあ」
手にレジ袋を提げて、ゆるい笑みを浮かべて、熱い熱い鉄板にぺたぺた脚をのせて、それだけ呟いて彼女はわたしの傍に腰掛けた。久しぶりに会った彼女は、前と変わらないままで、それでも脚の白さにどぎまぎした。それを誤魔化すように、 ふいとトンボの向かう方に目を逸らした。
「熱くないの」
声を落として聞いた。ほとんど独り言のような質問だった。
「鉄板すぎ、今日いつもより5度も暑いらしいよ、だからさ、これ」
手に提げていた袋の端を開いて、たくさんにきらきらと重なった瓶、その中のひとつを冷たい冷たい、と言いながらぱっとわたしに渡してくれた。ラムネ瓶だ。しかもビー玉が入ってるやつ。ゆっくりと口角が上がるのが分かった。
「ありがと」
ぷし、と軽くてやわらかい音をたてて、わりと簡単にひらいたそれにゆっくりと口を付け、ぐいとあおった。プールの水よりもうんと青く、冷たくて甘い液体が、心地よい炭酸とともに口になだれ込む。ぱちゃぱちゃと舌の上でできた海で魚の群れがはしゃぐ。喉を行き過ぎるのを確かめてから冷めた体を反らせてふうと息をこぼす。手のひらでビー玉がかろかろと鳴く。
「うま」
一言だけで充分に伝わったらしい、満足そうな顔で彼女も同じように蓋を開けてから、ちびちびと同じように口を付けて液体を飲み込む。喉がゆっくりと上下する。
ラムネの水はいつでも青いと思う。瓶の色を背負っているからではなくて、液体そのものに、どこかに透き通った青を含んでいると思う。

わたしはこの青さを定期的に取り入れるたびに、いつかこの皮膚に囲まれている水のすべてがこの青になればいいと思っている。妙なもの寂しさも、嫌味も、心細さも、すべてこの舌で転がる小魚の群れと共に、胃のため池に流れついてくれたらいい、と。


かろころと、瓶の内側でひたすらに鳴いているビー玉をゆらりゆらりと動かしてみる。向こうで蝉がひとりきりで騒ぐ。風と一緒に生ぬるいプールの表面が波立つ。ひとまとめにした髪が靡く。にこりと、ただ嬉しそうに彼女は笑っている。
「その瓶、気に入ったの?」
子どもをあやす時のようなささやかな問いかけにむず痒い気持ちを覚えて、うんと返すので精いっぱいだった。
「ビー玉がかわいい」
内側できゃりきゃりと、ガラスの擦れる音を出して、転がすとからころとかわいい声で鳴く。わたしは半透明の皮膚を被ったこのまん丸で愛くるしい姿が好きだった。
ふたつのスカートがばさっと揺れる。
くるりと、わたしの飲みほしたあとの瓶をひっくり返して、洞窟探検でもするみたいにうきうきした顔でビー玉を探している。
踵でちゃぷちゃぷと水を砕く。それらがまとわりつく。わたしはトンボを捕まえようとしている彼女を目で捉える。彼女はきれいな顔立ちをしていると思う。透明な皮膚を被っている。それを羨ましいと思う。わたしは2本目の瓶に手を伸ばす、彼女がまた手渡してくれる。2本目は1本目より少しだけぬるくて、たくさん体に汗をかいていた。わたしは勢いつけて瓶に口をつけて、それが上手くいかずに唇の端から炭酸がこぼれるのをぼんやりと感じている。わたしはシャツでそれを拭ってからゆっくりと小魚の群れに亀裂を入れるみたいに赤い舌を口の中で動かす。思ったように小魚がばらばらになる。小魚の腹が裂ける。飲み込む。喉が長いこと渇いている。皮膚もじりじりと痛めつけられて乾いている。入道雲が怪物のように膨れ上がって少しづつ影を濃くしていく。
目をずらす、彼女はちいさな拳をつくっている、勢いつけてその白い脚でジャングルを蹴る。
えい。
ばしゃん、と勢いのよい音の集合と、膨れあがる水たちの弾丸と同時に、わたしのぼんやりしていた脳みそはかちんと冷え固まった。水の逆襲だ。頬についた水はもうずっと生ぬるい。べつ落とされたところで彼女の身体はばらばらに壊れるわけでもなくて、むしろ、窪んだ水面にその分ぱらぱらと降り注いだ陽がわたしにだけきらめいて語りかけるようでうんときれいだった。こぽぽっと遅れて泡があがってくる。
「なに、なにしたの」
ぷはあと大きな息を吐いた彼女は歯をみせてわらう。解けた髪をぷかぷかと浮かせながらわらう。はだけて、びしょびしょに濡れた制服のボタンを弄りながらわらう。気持ちい、と息を吐き出して言う。わたしは、シャツがびしょびしょになってしまうことよりも、彼女の楽しいと思える空間を共有できないことの方がいやだった。後始末なんて実はどうでも良くて、模範的なひとでいたくて規律を守っていただけで、どうせ制服なんだ、と思って、すこし勢いつけて、水に倒れ込む。

思ったよりも冷たい水が腹の中にのめり込む。背中がきんと冷える。口を、鼻を、耳を、全て塞がれる。中で聞くと、泡の吹きだす音は柔らかいと思った。ぷは、と顔を出してすぐに、ぼさぼさの髪から水滴が垂れるのをうっとうしく思った。シャツがぴたりと肌にくっついて肌色がよく映えた。きょとんとした顔をしていた彼女はきゃはきゃはとかわいらしく笑った。わたしもそれに被せるように大きく笑った。
シャツが水になじんで、彼女の身体の輪郭がはっきりとわかる。どうでもいいことだけれど、熱でぼんやりして、そんなことしか考えられなかった。

ゆらりゆらりと表面が波立つのと一緒に、ちゃぽんと浸かった身体はばらばらと肉片へ分裂する。髪をひとつにまとめているので、がら空きになったうなじがすうっと涼しい。わたしは少し冷たい、を時々こわいと思う。直接的に棘を出すのではない、あの期待から生まれる失望ののちの、へんな冷たさによく似ている。わたしが棺桶におさまるころにこの凍えはいくつ蓄積するのだろう。わたしは人と馴れ合うたびにその冷たさに襲われるのがこわくてたまらなくて、内心びくびくしながら笑っている。どれだけこわいか。身動きすれば指が擦れるほど狭く美しく白い箱に、縮んで薄く、硬くなった身体のまわりを埋め尽くすほどに肥大した凍えがわたしの穴を塞ぐのは。
わたしは多分、小さい身体をうんと揺らして笑って、原っぱを駆け回っていたあのころよりもいくつか臆病になったのだろうと思った。ぬるついたプールの壁をあがって、座る。サイダーがまたぬるくなる。

彼女は水をかぶった顔を俯かせて、赤く映えたネクタイをいじった。うちにおいでよ、と聞かれた。いい、と言った。彼女は身体すべてでふう、と息を一つ吐いた。白い指を伸ばし、わたしの濡れた髪を梳いてもう一度おいで、と言った。わたしはごめん、と付け加え少し尻すぼみな声でもう一度いやと言った。むくれた顔で頬を引っぱられた。痛かった。
「最近遊んでくれないね」
少し寂しそうに笑った。ずきんと、つねられた頬とは違う曖昧な場所が、でも確かに痛んだ。彼女は、それら一連の行為がどれほど罪なものかまるで分かっていないようだった。だって、わたしは思ったより臆病だった。これ以上触れあえば壊れることがわかっていたから、距離を置いた。すきだから。すきになってしまったから。


春の匂いをわずかに残していた5月に、帰ろうと言われた。自分の底から湧いているうれしいためらいに、なにかちいさな歪みをおぼえた。
梅雨の日に、傘に隠れている指を絡められて、その無邪気さをわたしはほんのり喜んで、こわがった。違和感を違和感で終わらせたかった。

初夏に更衣室ではじめて自分の生ぬるくてきたない思いに直面した。彼女は体育終わりに、なんのためらいもなく、服を脱いだ。あたりまえだ。わたしと彼女は友だちで、あたりまえをあたりまえと認識できなければいけなくて、でもわたしはきれいな裸を目の当たりにして、顔がじわっとあつくなった。目を逸らした。ぷちんと脳みそがはじけた。そのときにようやく思い知った。
酸っぱいものが込み上げて、トイレに駆け込んで、吐いた。気持ちわるい、なんでこんな人間に生まれついたのだろう、これまでにたくさん噛み殺してきた言葉たちといっしょに吐いた。
もとにもどれと、つよく、深く泣いた。彼女のすべてが、わたしに触れたせいで、わたしのせいでけがれていく。計り知れない恐ろしさだけがわたしをたべていった。

これほどまでに静かに、胸のうちでふつふつと溢れる、「友だち」に似つかわしくない気持ちで息がつまる。季節はずれのひまわりが、喉に咲いたんだ、と思った。自分自身が、見ず知らずのうちに忌々しいなにかに変化していくのを自覚するたびに、冷たいベッドの端で、身体が潰れそうになるほどの痛みを抱えて眠っていた。


とくに話す言葉も見つからずに、言葉のつなぎ止めとしてしか使えない天気の話なんかしたくなかったしされたくなかったから牽制するような態度でずっと黙っていた。彼女が、あのときと同じように、でもぎこちなく服を脱ぐ。まっさらな肌にはなにひとつ、けがれがなくて、その白さに胸が潰れそうになって、背中から汗がたらたらとこぼれていった。濡れた服がただ肌にはりついて、もう暑いんだか寒いんだか、よく分からなくなっていた。わたしもつられて、ぷちぷちと、ボタンを手際よく外して、体にべったりくっついて離れないシャツを無理に剥いだ。ぎゅうと絞るとプールの塩素と、緑の青くさい匂いがした。

彼女がやさしい目でわたしを見ているのが、よくわかった。彼女はわたしを大事な友だちとして愛している。わたしは彼女の薄い肩に飛びついた。濡れた胸もとに顔をうずめた。ずっとしんどかった。いつからか、ふたりきりでいるのが気まずくなって、うまく目を見つめられなくなって、思いだけが濃さを増していくだけで、傷あとはどこにもないのに、どこもかしこも痛かった。
わたしたちの間柄にはたぶん、過剰も不足もあっていいはずがなくて、過剰な思いを求めるのはあまりにも禁忌で、それでもどうしても好きだったから醜い心はなにもかもを欲しがった。
「なに、どしたん」
くすぐったそうに肩を揺らすたびにシャツが陽を吸い込んでとろんとひかる。やわらかい花びらのような嗚咽が開きかかった口元から漏れる。霧雨のようにやさしく溢れる。
「す、き、なの、友だちで、いられないの」
ひとつひとつ、区切りながら言うのがやっとで、言葉のかわりにだらだらともたっとした涙が頬をなでた。彼女がふうと息をついて、きつくきつくわたしの頭を抱きしめて、知ってたよ、とちいさくつぶやいた。
「距離を置かれてるなって、薄々、そんな気がしてたから、言ってくれて、よかった」
濁った涙がだらだらと皮膚のまわりをおおってしまって、わたしは半透明になれないと思った。うまく言葉がまわらない。こぼしたものが大きすぎたからか。
「もう、離れよう、友だちでいられないから、この気持ちはすてるから、」
そうやってふるふると震える早口でまくし立てた。彼女の影とわたしの影がぶつかる。ふたりは、ひとつになれない。同じになれない。だからすきだった。
彼女がわたしの言葉をじっくりと反芻しているのがわかる。沈黙を切ろうと、わたしが次の言葉を繋ぐ前に、彼女がわたしの口をふさいだ。華奢な指で。

「あたしは、柚ちゃんをそういう気持ちで愛せない、でも、あたしをすきになったことを、その気持ちを、すてないで。あたしのためにとっておいて。」
きれいな声が、わたしの名前をたしかめるように吐く。たぶん、彼女にふれるたびに、もっともっと、すきになってしまうと分かっていたから、会いたくなかった。水っぽい匂いがむせかえる。耳がきいんとする。もろくて、それでも微かに脈動していた恋が、音もなしに壊れていく。

すっくと立ち上がって、濡れたシャツをざっと着て、1本だけサイダーの瓶を手にして、逃げるようにプールサイドを抜けた。あつあつのサンダルを掛けて、ぎいと錆びたドアをくぐったときに、もう彼女とは会えないと思った。びしょびしょのシャツが乾くまでに、サンダルの紐がちぎれるまでに、遠くに行きたかった。

ぷつんと体の芯がちぎれたような疲れに追い込まれて、へたりこんだ。ぐったりとした体で、ちびちびと炭酸の抜けたサイダーを飲んだ。ひまわりが枯れる。喉に流すたびに、しおしおと、花びらが砕けていく。残り3分の1になって、つたない言葉でいま一度、すきだったと、それだけ言ってみて、それをかき消すために瓶を、影のかかったアスファルトに叩きつけた。しょろしょろと、ガラスとガラスのすき間から液体がふきだす。ひとつひとつ、ガラスが飛び散る。ビー玉がきらりと光を吸い込んで明滅して、まぶしくて、きれいで、きれいで、もういちど涙があふれた。ビー玉のような彼女を水色で覆っていたかった。
死にぎわの蝉が少しだけ黙る。そんな沈黙のうちで、わたしの恋がひかりに揉まれて薄れていく。夏が終わる。

2/22/2023, 11:40:57 AM

きみの手のひら、ラムネの瓶の内で陽を飛ばしてかろかろ揺れるビー玉と
波のようにちゃぽんと引き返す、濡れた炭酸のすこし弾けるのがあまりにきれいだった
乾いたプールサイドはふたつ影を伸ばしている、そのうちの片方の身体はあたしだ、
きみがあたしの影を踏んでくすくす笑い、あたしは近くの影を踏み返してもっと笑う
ちいさな蝉がひとりきりで、長いことその体を、精いっぱい揺らして鳴いている
あたしは、こんなに幸せなことはないと、君と、日が落ちるころまで肩を並べていた

2/15/2023, 2:45:52 PM

一方的な痛みだと、それを理解して尚更、わたしを離すことを諦めなかったきみの
ただ一心に愛しかったきみの、硬い制服が重なった身体を、粉っぽい雪が深く抱きとめた
いつにもまして背がちいさい、臓器をくるんでいる皮膚は紙ふうせんみたいに柔らかく頼りなかった
ずっと長いこと、乾いたプールサイドに腰掛けていたきみの影を踏みあいっこしていた
あの、水くさい匂いと、蝉の急かす音だけ切り抜けばいい夏だったのだ、たぶん

2/15/2023, 6:31:26 AM

部屋に来るときにきみはきまってコーラを強請る、わたしはきまってソーダ
わたしの舌の上、魚の群れがぱちゃぱちゃとはしゃぎ回り、行き過ぎるのを感じている
きみは浮たった喉仏にうっとうしそうに触れたあとに、わたしのネクタイを唇で引く
きみはコーラの匂いを含んだその声と指でうっすらとわたしのシャツのボタンを外す
水風船みたいな頬にふれる、子の孕めない腹をさすったきみはやけに寂しそうだった

2/1/2023, 4:21:13 PM

わたしは帰路につく。腕は軽いが頭が重く、鈍く痛い。どうしてこう、今日に限って、わたしを迎え入れる空は曇天なのだろう。今日はたしか星座占いは3位だった。逆らってもいいラッキーアイテムをなんとなく鵜呑みにして若葉色のハンカチを一心に探した。遅刻した。
1位はシンプルに喜べるし、2位は惜しいって思えるじゃん。でも3位って微妙だね。てか、何にも言えない。
そんなことをいつか、クラスメイトが言っていたことがあったと思った。机としての役割を果たすはずの机に跨って椅子にしていた子だった。ああそう、そうだ。わたしの今日の運気は極端でない。だから、天気予報であれほど言っていたのにもかかわらず傘を忘れ、靴下が色違いだったことはばれなかった。

ふと、雲の蠢きをたしかめる為だけに空を仰ぐと、あげた頬に直接、雨の感触がした。ひとつぶだけ、一方的に冷たい降りはじめの雨。
さて、これはしとしとと弱く降り続くタイプか、はたまた、ざあざあとコンクリートを洗うような一定時間内の雨か。秒速ジャッジタイム。家までもうすぐだから、強力洗浄タイプはまっぴらごめん、そんなことを脳内で考えてみる。がしかし、雨は降らない。さすが3位だ。無駄なことに頭を働かせた反面、ずぶ濡れは回避できるっていう、まったく期待はずれな日だ、少しだけ音のずれた友人のカラオケを聴いているような気分だ。

呆れたように吐き出した息は白く、透明に近しい。わたしの息程度ではここら一帯は暖まらずに、それどころか、曇天に曇天が相まって、空気がどっと冷えていく。影が薄くなる。ただ朗報、手袋を取り出そうと鞄を漁っていると、ひと粒頭痛薬が見つかる。勢いと溜めた唾でこくんと喉を上下して飲む、多少の気休めにはなるだろうと思う。

シックな色合いの手袋はわたしの最近の宝物だ。温もりがよく手に馴染む。嬉しくなってはふわふわのついた指先をぱっぱと胸の中でひらく。こうやって無邪気に子供みたいにはしゃぐのは、人間みな定期的にしていい事だと、そう思う。占いを鵜呑みにして空回りし、迷信じみた順位で一日を自分で振りまわす日があってもいいと。たしかに。

気休め程度の頭痛薬が効いてきたらしい、痛みがすっきりとなくなった。ぽつぽつとつむじの間に雨が差し込まれる。結局降るんじゃないか。急かされるようにして鍵を握りしめる。そこに掛けられたキーホルダーの揺れ、擦れるときの金属音と、昨夜の水溜まりを車が跳ねる音が、よく映えるとそんなことを思い、その混同に胸を温めている。背中を押される。つられて前足、右腕、それから背筋をぴん。わたしは重たいドアをひらく。

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