「あなたの言ってる意味がわからない」
そう言って彼女は顔をくしゃりと歪めた。
僕はなにを返せば良いかわからず、ただうろたえるばかりで。
そんな僕を見た彼女は、吐き捨てるように乾いた笑い声を出してから、小走りにいなくなった。
何度目のやりとりだろう。
男女問わず、僕のそばにいた人たちは皆、こんなやりとりを最後に姿を消す。
姿を消すと言っても、この世からいなくなるわけじゃない。
僕のいないところで誰かと楽しく笑ってる。
僕がそこにいることを見ぬふりするだけ。
僕のいる世界から、いなくなるだけだ。
同じ別れと拒絶の苦しみを繰り返していけば、いくら鈍感な僕でもそろそろ理解してくる。
はじめから僕たちは『一緒にいなかった』ことを。
感動したこと、嬉しかったこと、信じたこと。
この世で感じるすべての出来事が。
僕だけかすりもしない、一致しないんだ、と。
大切な存在のいなくなった場所を見つめて、愚かにも僕は、また思った。
「一緒に、いたかったんだ」
【 君と 】
彼女と出会ったのは、中学一年の春だった。
入学式を終えて帰ろうと廊下に出た俺の視界に、同じように友達と帰ろうとしていた彼女の柔らかな微笑みが映って……一目惚れだった。
しかし、それからしばらく経って、中学三年の秋。
新学期を終えてすぐ、彼女は入院した。
別のクラスだったから、なぜ突然入院してしまったのか詳しく知らなかった。
当時、周りから『病気らしい』と噂されていたこともあり、あまり気にしないことにした。
それからまた時間が経ち、二十歳。
成人式で浮かれていた俺は車に轢かれた。
俺は馬鹿だ、あんなに周りから「気をつけろ」と言われていたのに。
……幸い命に別状はなかったけれど。
鏡を見ると、顔と腹に一生消えない傷跡が残っていた。
「こんなことなら、告っとけばよかった」
病院のリハビリ室を出て、すぐのところにある鏡を見ながら俺はぼやいた。
こんな顔じゃあまた好きな人ができたとしても、告白をためらってしまう。
自分で見ても、少しゾッとしてしまうくらい、奇怪な傷跡。
「好きな人でもいるんですか?」
女性に声をかけられた。
同じ入院患者だろう、俺の顔を見ても平然とした顔で立っている。
「ああいや……この顔じゃ、好きな人ができてもなーって」
俺は苦笑で返してから、彼女の目を見て異変に気付いた。
「んー、私にはお顔が見えないのでわかりかねますが……ほんとにそうなんです?」
「……見えないんですか?」
「はい、両目ともありません」
彼女はそう言って、両目を覆う布を指さし笑った。
柔らかで、明るい声音で。
けれど喋り方が特徴的な……初恋の人と、彼女はよく似ていた。
「最近来られた方ですよね?」
「ええ……なんでわかるんですか」
「新しく来た人は、結構すぐわかりますよー」
不思議な空気感の人だ。
彼女が笑顔で話すと、自然と肩の力が抜けてくる。
けれど、そんな穏やかな気持ちは次の一言で瞬時に吹き飛んだ。
「私、サクラバ アカリ。あなたは?」
中学時代に突然いなくなった、初恋相手と、同じ名前。
ああやっぱり、でもそんなことが、彼女に一体なにが、俺のこと覚えてるかな。
今も昔も変わらないんだな、俺のほうはこんなにも変わってしまったのに。
あの頃好きだった曲はもう聴いてない、好きな食べ物も変わった。
背が伸びて贅肉が増えて。
なにより、顔が……。
いろんな気持ちが混ぜ込まれてしまい、言葉に詰まった。
それでも言葉を返したくて。
震えていることを悟られないように、体を強張らせて言った。
「俺はユウト、はじめまして」
【 はじめまして 】
今年の春はどうかしている。
三月も今日で最後、明日にはもう四月。
にも関わらず今日は朝から寒かった。
ネットニュースの『一月末並の気温、凍えるような寒さ』という文言を見て俺は「秋だけでなく、ついに春も消えたか……」なんて考えながら、仕事着に着替える。
白のワイシャツに、黒のズボン、黒いベルト。
そこに今日は黒のスーツジャケットを追加した。
……これじゃあ外は寒いだろうな。
しかし俺の職場はビルの地下にある。
暖房のよく効く地下一階、ジャケットをすぐに脱がないと汗ばんでしまうくらいに温かいオフィスだ。
うん、やっぱりコートはやめておこう。
荷物を持って外に出ると、肌で寒さを感じるより早く、口から白い煙が漏れた。
どうしてこうなった。
日本はこれから凍ってしまうのか?
日本全土が南極みたいに白く凍る、なんてさすがにありえない。
ありえないはずなのに、そんな世界を想像してしまうほどの異常気象だった。
ハルはどこにいったんだ。
はやく、帰ってこいよ。
通勤のためにやってきた最寄り駅の改札前に、ふと、見覚えある姿に気が付いた。
俺よりも少し高い背丈、青と蛍光色が目立つアート的でカジュアルな格好。
この世でひとりしか持っていない、薄桃色の髪が、冷気の風になびいて煌めいた。
「ハル?」
声をかけると、相手は振り返った。
黒く丸い瞳が俺の姿を捉えて、見開いた。
「チアキ?」
「そう、そうだよ……チアキだよ」
いつも通りの通勤時間。
それなのに今日、俺はここで、二十年ほど前にいなくなった幼なじみと再会した。
懐かしさと、嬉しさと。
ずっと残っていた寂しさに突き動かされて、俺はハルの腕を掴む。
「おまえ、どこ行ってたんだよ……! ずっと、何年も、帰ってこないし!」
「ああ……そう、だよね。ごめん」
ハルは驚いた顔で俺を見ていた。
けれど、しばらくしてハルは柔らかな笑顔になり言った。
「仕事、行く途中なんじゃないの? 電車来ちゃうよ」
「いや、でも」
「僕このあたりに越してきたんだ。だからまた今度、ゆっくり話そう?」
そう言われて、俺は時間を見る。
いつ電車が来てもおかしくない時間だった。
「いなくなんないよ、ほんと」
ハルはそう言い、かなしげに微笑んだ。
「もう春は来ないんだから」
【 春風とともに 】