流れ星に夢を3回唱えれば、その夢は叶う。
そんな使い古されたスピリチュアルがある。けど実際、流れ星をみつけてから3回唱えるのは難しい。
だから最近はこんなふうに言われている。
「一瞬の流れ星に唱えれるくらい、その人は夢を追い続けているから叶えれるんだ」
チャンスを掴む人はチャンスをチャンスだと思える人なんだと思う。殆どの人は後から「ああ、あれはチャンスだったんだ」と知って後悔する。
流れ星に願いを叶える人はなにもない夜空をずっと見上げられる人だ。
その忍耐力とか、運とか、熱意とか、全部ひっくるめて「才能」って呼ぶのかな。
ルールは何のためにある。
ルールを遵守しても自分を守ってくれる保証はない。自分を幸せにはしてくれない。将来に安心なんてできない。
ルールを破る人が例外的に許されるこの世の中で、ルールを守ることは思考放棄だ。
ルールを守りたいと言うならそうすればいい。ルールを守るという慰めで自分を生かせるならそうすればいい。
ルールに縛られたくないなら守らなければいい。ルールに縛られない、責任とも自由とも言えるものが手入るのだから。
どうせルールを守ろうが破ろうが神様が決めたルールには逆らえないのだから。それなら最後まで後悔が少ない方を受け入れればいい。
ルールなんて人生を快適に動かすためのものでしかないんじゃないかな。
無数の氷柱から一滴の雫が落ちた。
僕はマフラーに顔をうずめながら、その雫音に耳を澄ませる。また一つ、二つ、四つと、どこか規則正しいそれはオルゴールのように音を立てていく。
空は快晴だというのに、口元からは白い息がもくもくと立ち上がる。陽射しは暖かくなってもまだまだ寒い。痺れるような冷たさはいつも僕を見ている。
鼻を啜ると鼻を突き刺すような痺れがやってきた。
冬は嫌いだ、寒いから。でも夏か冬かだったら僕は冬を選ぶ。冬は着重ねすれば耐えられるけど、夏は肌より上は脱げないからだ。
それでも寒いものは寒い。
また一つ、雫が落ちた。
あと何度、雫が落ちれば春がやってくるのだろう。
過去を変えるか未来を見るかだったら、私は迷わず未来を見る。宝くじ、競馬、株、ありとあらゆるお金の事を覗き見するんだ。
そして過去の思い出を真空圧パックに詰めながらその未来を暗記するんだ。
過去なんて見るもんじゃない。「今を生きろ」なんて言った瞬間、時すでに過去。だから未来しかないのだ。今を生きる者などは存在せず、ほとんどの人は次に来るであろう未来を思い描いて生きている。
つまり金だ。
金があれば思い描く未来を昇華させられる。金さえあれば無理難題も札束ひっぱたいて解決するんだ。
やっぱり金が一番。『運命の人』とか私からしたらくだらないね。
だって未来を覗き込んで、その未来の私の周りに誰もいなかったら、この先どうやって未来を思い描けばいいっていうのさ。
それは夏のことだ。
彼女は夏の陽射しを透かし通すかのように肌白かった。けれどもその白地にも淡い紅色が浮かび上がって幾分かは健康的に見えた。
毎日を適度な冷房と清潔に保たれた部屋で本を読む彼女の姿は、僕から見れば労働の苦労を知らない貴族のようでとても幸せそうに見える。……なんてことを彼女の前で口にすれば、酌量の余地も無く枕をフルスイングすることは間違いない。いや、そんな彼女に対して誤解を招くような言い方は辞めたほうが良いか。
辞書の角で後頭部を狙い撃ちされないだけマシだ。それは間違いない。
彼女は彫刻で掘り出したような細い指先で女性向け雑誌をこれ見よがしに音を立ててめくっていた。
「来年の流行はなんだろうね。私は誰かさんらしくお子様らしいから、大人びたファッションは流行ってほしくないんだけど」
そう子供みたいに見え透いた意地悪い顔はもう見飽きたし、思わせ振りなセリフも聞き飽きた。
僕はわざとらしい手ぶりを添えて答えた。
「そんなこと、来年になればわかるだろ」