満点の星空を見上げて歩く
誰もいない海岸沿い、月明かりだけが知る一夜の夢
頬を撫でる風、名前も知らぬ虫と僕の鼻歌
秘密の合奏はまさに弾丸のように過ぎ去って
世界が目覚めてしまう前に帰らなければ
けれど、あわよくば隣に君がいたら
一緒に歌ってくれたら天にも昇る心地だろう
今度はきっと、月すら隠れた片隅で逢瀬を
なんてね
吐き気を催すような模倣はそろそろお終い
これから始まる無様な劇の主役はあなた
悲壮と美談、お好きでしょう
ああ、相変わらず呑気な声、虚ろな目が記した結晶
耳障りな歌はもう聞き飽きたの
冷たいだけの殻を、永遠の誓いと信じた愚かな私
無知でいられた頃、幼く無力な揺籃の季節
何よりも誰よりも大切な地獄
全部まとめて砕いて壊して
吐き散らかす砂は苦く汚泥と成り果てる
千々に、八千代に、粉々に
蒔いた憎悪が芽吹く日を、歪な甘味に咽びながら
ずっとずぅっと待っていたわ
もうあの夜空に星は浮かばない
ひときわぎらついた光なら震えるこの手で撃ち落とした
幻想すら掻き消えた今際の際に何を想うの
本当は同じ景色なんて見ていないくせに
一度だって、一瞬たりとも
どうせあなたの手は綺麗なのでしょう
私よりも、重たいだけの虚飾の冠を愛した
亡霊ばかりが跋扈する、存在しない夜に逃げたがった
あんなに眩かった星空は帰らない
今度こそ永遠に、月も浮かばない夜が来る
ようやく、胸を弾ませて歓迎する終末の時
それなのに、どうして
踏み出せない
泥に足を取られて、惨めな姿を晒して泣いている
足元の星を見つけてはしゃぐ、あなたのことが大嫌い
(もう一歩だけ、)
目を閉じても鮮明に思い描ける
故郷、それは確かにこの胸のうちに今も在って
いつか帰る始まりの場所は、けれど色褪せていく
私はきっと手放したのでしょう
分かっているけれど虚しくて、星の縁に縋ったのです
曇り空に鳴り響く信号機の音、無邪気に渡る子どもの声
紙切れを眺めて煩わしそうに呻く隣の少女
彼女を挟んで飛び込む上擦った声に誘われて
赤らんだ頬に溜息を溢す少年と
次の瞬間には吹き出しながら、並んで歩いた
じきに降り出すから帰らないと
帰らないといけない、暗くなる前に行かないと
いけないのはどうして、何が、あるいは誰が
私はここで一体何をしているのか
飽きるほど通った灰色の道、横断歩道
時に財布と交互に睨み付けたショーウィンドウ
あなたと歩いた星空のような商店街
甘いアイスは冷たくて、繋いだ手は熱くて
私には過ぎた夢だった
全て、全てが塗り潰されて、やっと終わりを告げる
影は、鏡は、蓋をした記憶が問い掛ける
振り向いた足跡は燃え上がり、脆弱な身を侵して嗤う
私は何の為にここにいるの
いつから忘れ微睡んでいたのか
繰り返し誦じてきた思い出も宝物もここには無い
もう世界のどこにも無い
失われた、奪われた、ならばどうする
奪い返さねば、報いを与えなければ
同じように燃やし尽くさねば立ち行かない
さっき笑っていた子どもは骨も残さずいってしまった
私もそう、とっくの昔に灰になって
さよならを告げる
私は向こうへ渡れない、あなたと別れて眠りに就くの
せめてあなたは光の先へ、燻る炎を捨てて笑って
長い航路の先に至る幸福がありますように
あなただけでもきっと帰れますように
例え偽りの日常でも、造られた存在でも
私は既にあなたに教えてもらったから
その旅路に光あれ、その勝利に誉あれと願うのです
さようなら、もはや見知らぬあなた
私はもう一緒にいられないけれど、愛していました
泡と消える夢の滸で、その瞳と同じ色した空を見つめて
(見知らぬ街)
まだ君は泣いているんだね
張り裂けそうな悲嘆を抱えて独り、空に立っている
乾いた素振りで暴れてみても
その瞳は晴れた日差しを忘れて雲に隠れて
涙を湛えて耐えてきたのだろう
幾度も日が昇り、月が巡る、永い時の中に閉じ籠り
もはや価値を無くした冠一つ抱き締めて
迸る光だけが君に残された雫だった
君は愛されずに生まれて、多くを愛した
多くを望み、それ以上を与えた
惜しみなく、つつがなく、君は空に立っていた
いつか君を穿つものがあるならば
それは鬼でも蛇でもなく、頬を伝う雨なのだろう
神が運命を定めるならば
君は何処へ向かうのだろう
旅立ちの時、僅かでも笑えていたら良いのだけど
美しい心の行き着く先は、きっと
聞いているか、聞こえているか
例え忘れてしまっても、結んだ縁が断たれても
君のことを迎えにいくよ
いつか世界が砕ける瞬間に、今度こそ共に在ると誓おう
手を繋いで共に終わり、次があるなら並んで歩こう
君が唄う神鳴りを標に、迎えにいくよ
傲慢だと笑っておくれ
それでまた君が寄り添ってくれたら良い
泣き止んで虹も霞む笑顔を見せてくれるのなら
それに勝る幸福などないのだから
(遠雷)
耳を塞いで、目を瞑って、膝を抱えて縮こまる
息を潜めて、神経を研ぎ澄まして、見つからないように
けして見つからないように、口を覆って縮こまる
薄暗い倉庫の隅、埃に誘われて音を出さないように
物言わぬガラクタの山、どうか私を隠しておくれ
父に連れられ、聞かされた真偽不明の冒険譚
胸を躍らせた幼い私のこと、覚えているだろうか
もう二度と聞くことの出来ない物語
帯紙に書かれた英雄の言葉に憧れた私のこと
まだ導いてくれるのなら、どうか崩れぬ城のままで
もう長い間、静寂に包まれた山の麓
錆びた窓枠から覗き見る世界は廃れて虚しく
不貞腐れた空が灰色の雲を呼び集める
やがて雨が降り出すだろう
重苦しい空気が私のことを告げ口してしまいそうで
予兆すら分からず震えている
私は弱く、誰も守ることが出来なかった
愛していると伝えることも出来なかった
悪夢を洗い流して、目を醒させてくれれば良いのに
あるいはまだこの胸の内に燻る炎があるだろうか
私の幼い頃、母の語った言葉を追想する
盗んで学べ、その一雫を見つけて選んで掴み取るように
あの日、彼女は何処を見ていたのだろう
繋いだ手は温かかったけれど、不思議と教訓は沁みず
雨粒のように、腕を伝って落ちていった
水溜りはとうに枯れ果てて、風景すら思い出せない
あの後、彼女はどんな顔をして告げただろう
さよならを、天秤から零れ落ちた私へ
泣き叫んで抱き締めて、引き留めたら良かったのか
尊重だの自由だの知った風に、大人ぶって頷くべきか
涙を涸らし、喉を潰して、得られる未来があれば良い
本当にあれば良かったのに
そして曇天から白い手が降りてくる
血の通わない、招かれざる五本の指
静寂の中、濃霧に紛れて誰もがきっと隠れている
不可視の縁に生かされている
友よ、未だ交わらぬ名無しの輩よ
まだあなたが生きているのなら応えて欲しい
帰らねばならぬ、そう告げてくれ
いつか晴天の下で名乗り合い、祝杯の明日へ至る為に
(終わらない夏)
満たされた世界は幸福か
籠の中の鳥、あるいは蝶、何だって構わないけれど
小さな瞳は蒼天の夢を見るか
ある人は言う
あるべき姿は自然の中に
見下して愛玩する、管理を慈しみと謳う哀しきエゴ
けして離さず浸らせて、呆けた童を絞殺するように
飾り立てた言葉で陶酔する偽善者
食い漁る命は美味しかろう
肥やした花月を彼等は二度と忘れられない
またある人は言う
輪郭を描く手、瞬くような奇跡
尊き命に慈悲の雨を、覚悟を超えて至る絆を
透明な涙はやがて乾くけれど、抱いた温もりは伝える
形なき価値、音なき呼吸、空の掌に積もる
それは消えることのない宝
何人たりとも奪うことのできない記憶という富
閉じ込められたか、籠ったのか
囚われたのか、選んだのか
蒼天はいつか真実を語るか
必要ないのだと思う
初めからそんなもの無くてもいい
答えを得る前に例え世界が滅びても
この目の映す視界だけが、私の選んだ生なのだから
(遠くの空へ)