小音葉

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目を閉じても鮮明に思い描ける
故郷、それは確かにこの胸のうちに今も在って
いつか帰る始まりの場所は、けれど色褪せていく
私はきっと手放したのでしょう
分かっているけれど虚しくて、星の縁に縋ったのです

曇り空に鳴り響く信号機の音、無邪気に渡る子どもの声
紙切れを眺めて煩わしそうに呻く隣の少女
彼女を挟んで飛び込む上擦った声に誘われて
赤らんだ頬に溜息を溢す少年と
次の瞬間には吹き出しながら、並んで歩いた
じきに降り出すから帰らないと
帰らないといけない、暗くなる前に行かないと
いけないのはどうして、何が、あるいは誰が
私はここで一体何をしているのか

飽きるほど通った灰色の道、横断歩道
時に財布と交互に睨み付けたショーウィンドウ
あなたと歩いた星空のような商店街
甘いアイスは冷たくて、繋いだ手は熱くて
私には過ぎた夢だった
全て、全てが塗り潰されて、やっと終わりを告げる
影は、鏡は、蓋をした記憶が問い掛ける
振り向いた足跡は燃え上がり、脆弱な身を侵して嗤う

私は何の為にここにいるの
いつから忘れ微睡んでいたのか
繰り返し誦じてきた思い出も宝物もここには無い
もう世界のどこにも無い
失われた、奪われた、ならばどうする
奪い返さねば、報いを与えなければ
同じように燃やし尽くさねば立ち行かない
さっき笑っていた子どもは骨も残さずいってしまった
私もそう、とっくの昔に灰になって

さよならを告げる
私は向こうへ渡れない、あなたと別れて眠りに就くの
せめてあなたは光の先へ、燻る炎を捨てて笑って
長い航路の先に至る幸福がありますように
あなただけでもきっと帰れますように
例え偽りの日常でも、造られた存在でも
私は既にあなたに教えてもらったから
その旅路に光あれ、その勝利に誉あれと願うのです

さようなら、もはや見知らぬあなた
私はもう一緒にいられないけれど、愛していました
泡と消える夢の滸で、その瞳と同じ色した空を見つめて

(見知らぬ街)

8/24/2025, 11:41:50 AM