満月を望み、そして恐れた
誰にも見せまいと閉じ籠った暗い夜に
雲間を切り裂いたエンジェルラダー
朝を連れてきたお前は、ただ微笑んで駆けていく
張り裂けるほど叫んでも、遠い背は止まらない
この声が聞こえないのか
聞こえるはずもないか
焦がれた首はこの腕の中、転がっていたのだから
見ないでくれ、微笑まないで
私を信じないでほしい
明けし向日葵はひたむきに、そして強く揺らがず
扉をこじ開けこの手を引いた
思い知った、それはもう焦げるほど焼かれた
花は太陽だけでなく月をも見つめるのだと
夜を暴かれるのが恐ろしかった
月が欠けるのを認めたくなかった
この恥を受け入れ、私は立つ
おはよう、調子はどうか
言葉を交わせば、追い抜く橙のウィンクが見えた
あの日のように微笑んだお前へ
宣戦布告を贈ろうか
これは新たな戦い、そして新たな私の第一歩
二人きり火花を散らせば、やがて空は晴れるだろう
指先に灯る熱を分け合うのも悪くない
空を映す白銀に、指を通して問い掛けてみる
(手を繋いで)
肌を刺す砂塵
負けず劣らず星屑は煌めく
拡散する光が私を惑わせる
正しさ、過ち、救いと咎
語る口が多過ぎて、何も聞き取れなくて
歪な器から溢れていく
穴だらけで鉄臭い
汚れた手を潜り抜けて、星の欠片が針となる
罪を継いだ子どもは、命辛々
茫漠たる旅路を往く
求めたのはひとつだけ
背負う覚悟は決めていた
愛を与えられなかった者が
愛を与えることが出来るだろうか
赦されなくても、赦すことは出来るか
応える声はいずれ内から溢れるだろう
夜が更けて
ただ地平線の彼方に、在りし日の幻影を見た
(どこ?)
罅割れた指先で頬の輪郭を辿る
淡く染まる肌の温もりを私は知らない
私は少女の夢の形
枯れることのない花、けれど永遠などなく
どうせ彼女は去っていく
波打つ髪のリャナンシー
振り返らない背をただ見送る
声帯のない喉では名を呼べない
陶器の手足では歩けない
虚ろなこの目では、追い掛けられない
いずれ褪せる夢ならば、踏み潰してしまいたかった
愚かな乙女、あなたの願いは叶わない
難破船の行方なら誰より分かっているでしょうに
けれど、ああ、そう、そうだった
私、恋するあなたに、恋をしていた
セントエルモの火よ、どうか彼女を導いてほしい
彼方の楽園へ
朽ちた人形の届かぬ先へ
(大好き)
白亜の城、銀の園
遊ぶ蝶すら命ではなく、糸で編まれた偽の愛
水晶が光を拡散する庭の奥には
あらゆる記憶を収めた大図書館があるという
忘れ去られて時を止めた、清浄なる叡智の墓にて
門はとうに開け放たれ
待ち侘びた来訪を祝い、呪う
頼りない左足に、忍んで忍んで縄を掛ける
さあさあ、ようこそお越し下さいました
鍵は既にその手に握られておりましょう
どうかお足元に気をつけて
ランタンを手に、奥へ、奥へお進み下されば
肚の裡にてございます
彼はナイフを隠していた
影を切り裂く、運命を拓く
ただ足音は遠ざかり、絡まる足が濡れていく
虚飾は崩れ朽ちて、古の図書館は名もなき廃墟
黒く冷たい海の底に沈まなければならない
ああ、口惜しい、口惜しい
見下ろすお前さえいなければ
(叶わぬ夢)
生垣を縫う童の声
母を呼んで、風より疾く駆けていく
競うように鈴が鳴る
薔薇色の頬が招いた春は過ぎ去って
ここにはもう誰もいない
蜂蜜色に溶けた瞳
紡がれる愛は甘く優しく
私なんかに首っ丈、変わった人ね
白詰草の野原を並んで歩いた
幻影は今も囁くけれど
透明の器に水を注ぐ
木漏れ日が照らす小さな庵で
摘んだ命を活けながら
送り出した季節をまた迎えられた
だから、まだ待つ
通り過ぎる羽音に目を細め
誰も眠らない石へ語ろう
花冠を戴く、私だけの王の譚を
(花の香りと共に)