白亜の城、銀の園
遊ぶ蝶すら命ではなく、糸で編まれた偽の愛
水晶が光を拡散する庭の奥には
あらゆる記憶を収めた大図書館があるという
忘れ去られて時を止めた、清浄なる叡智の墓にて
門はとうに開け放たれ
待ち侘びた来訪を祝い、呪う
頼りない左足に、忍んで忍んで縄を掛ける
さあさあ、ようこそお越し下さいました
鍵は既にその手に握られておりましょう
どうかお足元に気をつけて
ランタンを手に、奥へ、奥へお進み下されば
肚の裡にてございます
彼はナイフを隠していた
影を切り裂く、運命を拓く
ただ足音は遠ざかり、絡まる足が濡れていく
虚飾は崩れ朽ちて、古の図書館は名もなき廃墟
黒く冷たい海の底に沈まなければならない
ああ、口惜しい、口惜しい
見下ろすお前さえいなければ
(叶わぬ夢)
生垣を縫う童の声
母を呼んで、風より疾く駆けていく
競うように鈴が鳴る
薔薇色の頬が招いた春は過ぎ去って
ここにはもう誰もいない
蜂蜜色に溶けた瞳
紡がれる愛は甘く優しく
私なんかに首っ丈、変わった人ね
白詰草の野原を並んで歩いた
幻影は今も囁くけれど
透明の器に水を注ぐ
木漏れ日が照らす小さな庵で
摘んだ命を活けながら
送り出した季節をまた迎えられた
だから、まだ待つ
通り過ぎる羽音に目を細め
誰も眠らない石へ語ろう
花冠を戴く、私だけの王の譚を
(花の香りと共に)
耳障りな甲高い囀り
歩みを妨げる亡霊の群れ
焦土から叫べば響くだろうに、彼等は口を噤むのだ
そうして今日も、よく似た塵が降り積もる
アスファルトを打つ水滴が
雨でも、雪でも、芥でも
もはや誰も気付きやしない
彼等は見上げることを諦めてしまった
だから、真似た仕草で感染する
皆で渡れば怖くない
指先一つは刃となり、死んだ瞳は三日月となる
霧の中、灰色の森を進む
足裏で乾いた枯葉の割れる音がする
逸る鼓動と白い息
聳える大樹を掻き分けて
百年河清を待たずとも
(心のざわめき)
太陽に嫌われて久しい
凍えた骨をご案内
夜明け前が一番暗い、なんて云うけれど
訪れない明日を一体どうして信じられるの
擦り切れた円盤は劈く異音を点々と
歪な足跡は愉快なパレエド
縒れた軌跡の辿り着く先は真っ逆様
終局は見えない、目が腐り落ちているから
後ろ髪を引かれることもない、髑髏はいつも寒いだけ
カラン、コロン
聞き飽きた足音引き連れて
黄泉比良坂、越えましょう
カラン、コロン
カラン、コロン
流れる涙もないけれど
川の向こうで逢えますか
(君を探して)
形を失くして解けていく
線になって千々に砕けて
畝る私は波繁吹き
悔いはない
反響する泡の声
抱えた炎は連れていく
沈み、鎮まり、いつか回生を願う時まで
私が預かり閉じ込めておこう
光芒は私に懐いて
途切れた頁を連れてくる
瓶を開ければ汚れてしまう
清澄の脈に逆らって
弾け、弾け
悔いはない
鏡面を裂いて、手を伸ばした
(透明)