「なぁ」
「んだよ」
「小学校の時さぁ」
「うん」
「さよならの事さ、さよオナラって妙に言いたくならん?」
「おん?」
「いやさぁこう......あんねんな、渦巻く衝動が」
「まぁあるっちゃあるか?」
「んでよォそれを当時好きな子に試しに言ってみたのよ」
「おっと?」
「その時何したと思う?」
「まぁキモイとかやめてとかそこら辺じゃね」
「ツームストーン・パイルドライバー」
「ツームストーン・パイルドライバー?」
「そう」
「......将来有望だね」
私は宙ぶらりんな存在であった。
笑顔が苦手だった。人に合わせることが苦手だった。興味がなかった。言い訳は色々思い浮かぶ。
しかしひとえになぜと聞かれれば私はこう言うだろう。
「私に人は向いていなかった。」
ただ呆然と生きる日々に飽き飽きとする。それを17年も続けてきた。
「 」
「.......」
「き...いるのか。」
「.......」
「聞いているか?」
そう大声を出す教師。少し色褪せたスーツに、所々剃り残された髭。中肉中背なこの男性になんと返そうかと、僅少の間考え込む。
「聞いていますよ。」
「お前だけだぞ、こんな時期にまで進路調査を出していないのは」
「そうですね。」
またお説教が始まりそうだ。そんな予感に辟易しながら窓の外へと目を向ける。降雪と灰色の街並みが織り成すコントラストは私の心のようだ。
「はぁ......いいかよく聞けよ。」
そう改めて言葉を発した。
「君にはどうやらお説教は必要ないらしい。」
「はぁ。」
「だから一つ聞きたいことがあるんだ。それでこの無駄な時間は終わり。」
「なるほど。」
「......」
淡白な返事に眉をひそめた教師の目に色は無い。ただこの惨状に飽き飽きとしていた。
「君は陰キャと陽キャについて君はどう思う。」
「別にどうでもいい、くだらない言葉だと思う。」
突飛な質問に戸惑いを覚えつつも質問に答えた。
「そうだね、実にくだらない事だ。そしてそんなくだらないものにもなれないのが君。」
さらに突飛な返答に顔を顰めた。まるで理解ができない。一体何に付き合わされているのだろうか。そんな困惑の表情を浮かべる私に教師はまたもや口を開く。
「陽キャと陰キャに区分されたとしても、さしたる意味は無い。例え区分されたとしても確たる査定も出来ないんだ、こんなものいくらでもひっくり返される。だがねこの行動には意味があるんだ。」
「はぁ?」
「所謂キャラ付けってやつさ。これにより人のプロフィールていうのが見えてくるんだよ。通常プロフィールって言うのは用意されているものだ。」
「......」
「日々の生活の中その人の色というのは必ず出てくるからね。でもね、君にはそれがないんだ。」
次から次へと何を言いたいのかさっぱり分からない。
「それがどうしたと言うんですか。」
「君はいつも無表情だ。まるで何も感じようとしていない。」
「仕方ないでしょう。」
「違う、それは違うよ。」
「......それだけですか」
私は席を立ちカバンに手をかける。こんなにイラッときたのは初めてだ。私の何がわかると言うんだ。仮定を断定して話すところも気持ち悪い。
「逃げるのかい?」
明らかな挑発だ。教師の言葉を無視しそそくさと教室を出ようとする。
「別に君を責めている訳では無いよ。」
そのドアに掛けた手を少し緩めてしまったのはなぜなのだろうか。
「君の苦悩は本物だよ。そこにとやかく言うつもりは無い。」
「なんなんですか本当に。」
怒りの表情を顕にした私をよそに飄々と話を続けた。
「やっとこちらを見たね。」
したり顔の教師にもはや怒りを通り越して呆れのため息が込上げる。
「当たり前のことだがね、感情というのは良くも悪くも人に影響を及ぼすんだ。光にも闇にもなれる万物だと思ってる。」
「そうですかそうですか、新手の厨二病かなんかですか?」
「まぁまぁそうカッカしないでくれよ。君は今ようやく人生の節目に立ったんだ。無からの脱却だよ、喜びたまえ。」
いちいち鼻につく言い方だ。私はいつかこいつをぶん殴るそう心に決めて学校を出る。雪は止んでいた。
どうしても溢れてしまうこの気持ちをどうすれば良いのか。ビターで薄ら寒いこの響を。
きっとこれも報いなのだろう。誰が悪い訳でもないこの世の不条理にぶち当たってしまった。人から逃げ、優しさに甘え、あまつさえそれを利用した。その消えない罪によって引き起こされた自業自得のカルマ。
私は決して許されない。許してくれる相手は消えてしまった。
母は認知症を患ってしまった。
大きかった背中はいつしか小さく曲がって行た。シワも増え、関節が痛むことがココ最近の悩みだったらしい。
私はそんなことすら気づかなかった。30年も毎日顔を見合わせ続けていたというのに。
寝室の前。軋む床材がなりやまない。バタバタと体を動かし意味もわからず歩き出す母に私はなんと言えばいいのだろうか。その光景を呆然と眺めるしか無かった。
いつしか私の頬に涙が伝う。クシャクシャになった感情のダムがついに崩壊してしまった。
「こんな息子ごめんなさい」
謝るしか無かった。
「親孝行のひとつできず」
息も絶え絶えで鼻水は垂れ流し、まるで泣きわめく赤ん坊のように母に縋った。
「ごめんなさい」
答えは求めていなかった。ただそれを伝えたくて。許して欲しくて。断罪して欲しくて。身勝手に泣き言を喚いた。
すると癖だからだろうか。母がぎゅっと抱き締め返した。スっと手を持ち上げ私の頭にポンポンと叩いた。
「大丈夫」
誰よりも優しい声で
「泣かないで」
誰よりも暖かい目で
「大丈夫、大丈夫だからお母さんがいるよ」
誰よりも厳しいことを言う。
私は一晩中泣くしか無かった
たくさんの思い出
「
」
「冬になったらなにしたい?」
そう目の前の白銀の少女に問われた。ナイフを膝に置き、剥きかけのリンゴから酷くこじんまりとした病室のベッドに視線を移す。
「それは......季節的な意味か?」
「いいや、私になったらという意味で」
ややこしい聞き方だが、突拍子も無い話が始まったことだけはわかった。
ほんの少し頭を働かせてみる。目の前の少女は、一見して美の女神のような美貌を持ち合わせ、その頭脳も常人の遥か上を行く。
ただ1つだけ言うのなら全てにおいて小さいことだ。身長も僕の頭一つ下であるし、胸もない。そのやることなすことはクソガキのそれだ。
「お前がやってるようなイタズラをしてみたいとは思うな。あれほどの滅茶をできるもんなら相当なストレス解消にはなりそうだ」
「そう......」
淡白な返事だけが帰ってくる。憂いた目は一体どこに向いているのか俺には想像できない。
「でももう私にそんなことは出来そうにない。体はボロボロあれほど満ちていた探検心も空っぽになりかけてる」
深刻そうな面持ちで話が始まった。少女の目が朱塗りに染った窓へと向かった。
「きっと、私の命はあの葉1枚の命しかない」
言いたいことは色々ある。ただ敢えて一言いうなら。
「いやお前拾い食いして食中毒なだけだろ」